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ありがとう、チンパンジーの「サザエ」
 └─2017/07/07

 2017年6月9日夜、妊娠中のチンパンジー「サザエ」(推定32歳)が出血性ショックで残念ながら死亡しました。胎児の死亡によって胎盤剥離がおき、子宮内で多量の出血が生じたことが原因でした。胎児の成長は順調だっただけに残念です。


 その1か月後に出産予定を控え、心配しつつも楽しみに準備をしていた私たち飼育係は、子どもとサザエの両方を突然失い、みな心に穴が空いたような気持ちでした。

 今回のサザエの妊娠は人工授精によるものでした。日本国内にチンパンジーは多数飼育されていますが、繁殖に寄与できる個体は多くはありません。とくに野生で生まれたオスの「デッキー」とサザエの子を残すことは、国内のチンパンジー個体群にとって重要なことでした。

 しかし、人の手で育てられたデッキーは交尾ができず、昨年、私たちは人工授精に取り組んできました(記事参照)。デッキーの射精物を手で採取し、野生生物保全センターで精子の活性を調べて保管。人工授精実施日には、当日採取した分を含めて3日分の精液を用いました。サザエの発情ピークに関しては、検査薬を利用するとともにお尻の腫れ具合を目視で確認し、交配にいちばん良いタイミングを予測し、当日は獣医師による麻酔下で人工授精をおこないました。昨年(2016年)の11月28日のことです。

その後、妊娠検査薬で調べると陽性反応が出ました。1回で妊娠するとは思っておらず、とても驚きましたが、みなで喜びを分かちあいました。

     * * * 

サザエとの思い出はたくさんあります。担当して最初の頃はよくツバを吐きかけられましたが、徐々にこちらを認めて挨拶をしてくれるなど、日々行動に変化が見られる興味深い個体でした。気分屋で、コミュニケーションを取りたいのか“キラキラした目”で見つめてくれる日もあれば、そっぽをむいて座り込んだり、わざといびきをかいて寝たふりをしたりする日もありました。放飼場で他個体の食べ残したタケノコを食べ続け、なかなか部屋に帰って来ないことがあるほど、タケノコ好きなチンパンジーでもありました。

左:サザエ、右:ミル(2017年2月1日)
左からジン、サザエ、ミカン

 子ども好きなサザエは、他の個体が産んだメスの「ガーネット」とオスの「ジン」という2頭の“養子”を受け入れて育てたことがあります。養子を連れて群れに初めて入るとき、本当は怖いのに、養子のために上位個体に向かって気負って挨拶をするような心優しい個体でした。ガーネットは残念ながら病気で死亡してしまいましたが、ジンは無事に育ち、現在9歳になりました。

また、常連の来園者の方を記憶し、サザエからガッツポーズのような格好で挨拶をすることもありました。

サザエの死亡後、多くの来園者の方から花束やアルバム、写真やお悔やみの言葉をいただき、慕われた個体だったことをあらためて感じています。ありがとうございました。ジンとサザエの実子の「ミル」は、私たちの心配をよそに、食べて寝て元気に過ごしています。

 サザエ、みんなにたくさんの思い出をありがとう。

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〔多摩動物公園北園飼育展示係 野田瑞穂〕

(2017年07月07日)


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