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チンパンジー「ミル」のひとり暮らし
 └─2011/01/21

 「ヒャーッ、ヒャーッ、ヒャーッ!」今朝もチンパンジー舎から響くチンパンジーの悲鳴。チンパンジーのミル(メス、8歳)が母親のサザエ(推定29歳)に助けを求めているようです。するとサザエは、ミルの部屋の方向と飼育担当者を交互に見ながら「オッ、オッ」と応えます。わが子をいじめないよう、担当者に訴えているかのようです。

 これでは飼育係がミルを虐待しているように聞こえるかもしれませんが、これは多摩動物公園生まれのチンパンジーたちがいつかは経験する、いわば「成人式」なのです。

 野生のチンパンジーのメスは、例外もありますが、性成熟を迎えると生まれ育った集団から離れ、ほかの集団内で繁殖します。しかし、動物園で自由に移動させるわけにはいかないので、同居していた母親から離して個室に独立させ、自立心を育てると同時に、繁殖を確実に管理しています。

 なお、野生のメスは7~8歳で性成熟がおとずれますが、飼育下では栄養状態がよいせいか、若干早まる傾向があるようです。

 ミルももう少し早く独立させるはずでしたが、幼児期に入院するほどの大病を患ったせいで発達が若干遅く、行動にも幼さが残っているためか、母親にも過保護なところがありました。また、人工哺育で育った「ジン」(オス、2歳)を2009年秋から群れに入れましたが、その際、サザエとミルに手伝ってもらいました。そのため、ジンが落ち着くまでミルの独立は控えていたのです。

※「サザエ母子」と「ジン」の関係についてはこちらをごらんください。

 そして、ジンの群れ入り完了から半年が経過し、ようやくサザエとミルの母子にも別居の時期が訪れました。

 2010年12月30日、放飼場から室内に戻す際、先に入ってきたミルをいつもとは違う隣の部屋に収容しました。ミルは状況がよくわかっていないらしく、扉が閉まっても、いつものとおり、モリモリと餌を食べ始めました。

 続いてサザエとジンが自室に入ります。サザエとミルの部屋の間には格子の入った大きな窓があり、格子越しに母親と対面したミルは初めて状況を理解したようで、口一杯に餌を詰め込んだまま、サザエの部屋を覗き込み始めました。一方、サザエは落ち着いていて、格子から指をさしこんでミルを安心させようとしているようにも見えました。食べている間は気が紛れていたミルですが、することがなくなってしまうと不安が募ってくるのでしょう、その日は消灯後も断続的にミルの悲鳴が響いていました。

 独立開始から2週間が経過し、ミルは比較的落ち着いてきました。日中、母親と別の放飼場にいても、ほとんど鳴き声を出さなくなりました。でも、室内で担当者とコミュニケーションをとるときだけは、母親のサザエを頼って叫んでしまいます。もしかしたら「お母さーん! 飼育係がアタシをいじめにくるよ!」と言っているのかもしれません。

〔多摩動物公園北園飼育展示係 永田裕基〕

(2011年01月21日)



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