上野動物園で「しりょうしつ」と聞いた場合、図書資料のある「資料室」なのか、えさを扱う「飼料室」なのか、話の内容から判断する必要があります。えさの受け入れや分配、調理などをおこなう「動物園の台所」とも言うべき「飼料室」。以前は東園の管理事務所に隣接していましたが、2014年に管理事務所が西園に新設された際に、その1階に移転しました。
旧飼料室での調理作業
旧飼料室は1961年建設の2階建てで、1階に計量室、調理室、事務室、2階に飼料倉庫があったそうです。計量室とは、サイロと呼ばれる円筒状のタンクが並んでいる部屋でした。
当時はそれぞれの動物専用の人工飼料がなかったため、飼育係が担当する動物に合わせて各サイロから大麦何kg、ふすま何kg、栄養添加剤何kgと計量して混合していたのです。しかし、1970年ごろからそれぞれの動物専用につくられた固形飼料(ペレット)が登場し、計量や配合の作業は少なくなったのでふつうの倉庫となったそうです。
旧飼料室のペレット倉庫
調理室には包丁やまな板が並んでいて、肉や野菜をそれぞれの動物が食べやすい大きさに切るのが作業の中心です。煮たり焼いたりの加熱調理はほとんどありませんが、例外としてサツマイモやニンジンを蒸したり、ゆで卵をつくったりもします。こうすると動物が好んで食べたり、消化がよくなったりするので、高齢になった動物や体調が悪化した動物にこれらをあたえることもあるのです。
このような加熱調理は、各飼育係が個別におこなうのではなく、飼料室の職員が大釜や大鍋を使って一括しておこなっています。ゆで卵は週に1〜2回、10kg単位でつくっています。
2014年から使われている新飼料室はワンフロアで、調理室、事務室、冷蔵庫、冷凍庫、ペレット倉庫があります。並んでいる機材は更新されましたが、動物に合わせて切ったり加熱調理したりしているのは以前と同じです。ただ、比較的新しい動物舎には専用の調理スペースが備え付けられているので、多くの飼育係は飼料室で肉や野菜を受け取り、それぞれの動物舎に持ち帰ってから切っています。
新飼料室
当園でもっとも多く使っている飼料は青草(牧草)で、毎日合計200kgほどがそれぞれの動物舎に届けられます。木の枝葉やジャイアントパンダなどが食べるタケ、乾草(干し草)は数百kgずつ定期的に動物舎や乾草用の倉庫に配送されます。それ以外の飼料は、基本的にすべて飼料室に届きます。30種類以上、合計約300kgの野菜・果物と、約40kgの鮮魚が、毎日卸売市場から運ばれてきます。
肉は赤身が多い馬肉と、鶏頭(ニワトリの頭)が中心で、週に約150kgを使います。鶏頭は人間が食べないため安価なうえ、肉だけではなく骨も皮も脂肪もついているので、栄養面でもありがたい飼料です。
これだけの量が毎日のように届けられるので、飼料室には常に5~6tの飼料が保管されています。災害時の食料備蓄としてローリングストックという考え方がありますが、当園でも野菜、果物、魚、肉などの一部を冷蔵庫、冷凍庫に常時ストックするほか、倉庫のペレットや乾草も余裕を見て備蓄するようにしており、大地震などの災害に備えています。
実際に阪神淡路大震災や東日本大震災のときには、被災地の動物園にむけて、当園をはじめ全国の動物園から飼料の緊急輸送がおこなわれました。
新飼料室のペレット倉庫
建物や設備は新しくなっても、作業内容自体は旧飼料室とあまり変わらない新飼料室ですが、最大の違いは、動物たちを健康に飼育できるよう多くの種類の新しい飼料を取り扱うようになったことでしょう。2001年には年間170種類の飼料を使っていたのに対し、2022年には250種類を超えています。
野生動物の栄養についての研究が進み、ペットフードや人間の健康食品もいろいろ開発されているので、ネット通販も使ってこれらを導入し、動物の生活の質(QOL)を少しでも高められるよう、えさを常に改良しているからです。
また、SDGsや環境保全の面でも、できることから実行するようになりました。飼育係が動物舎に飼料を運ぶときに使うポリ袋は、野菜が入っていたものを乾かして毎月200枚以上再利用し、廃プラスチックが増えないよう心がけています。また、パンダ団子に使う米粉は、コウノトリが住みやすい環境を守るため兵庫県のJAたじまで生産される「コウノトリ育むお米」を使っています。
最後にご紹介したいのが、サツマイモやニンジンを毎日20kgほど蒸かしている大釜です。旧飼料室から引き続き使われており、定年退職した飼育係OBが新人として上野動物園に来たころからあったそうなので、おそらく数十年は現役で活躍しています。
レストランで使われる最新の厨房機器はボタンを押すだけで多様な調理ができるのですが、そのぶん複雑すぎるし高価すぎて、動物園の飼料室にはオーバースペックです。この大釜のようなタイプは今ではつくられていないので、そろそろ劣化してきたこれが使えなくなったらどうするか、飼料室の大きな悩みのひとつとなっています。
大釜
〔上野動物園調整係 井内岳志〕
◎140周年企画ズーネット連載「上野動物園この10年」
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(2022年12月28日)