葛西臨海水族園には飼育展示係や教育普及係など、さまざまな部署があります。
今年35周年を迎える記念企画の一つとして、各部署のリーダーたちが「理想の展示・水族館」や「今後の仕事でやりたいこと・夢」などをテーマに「水族園リーダーたちの夢」と題してして連載記事を掲載します。
第1回「水族園の展示に込める思い」
私の実家は東京都三鷹市です。昭和40~50年ごろ、実家の周辺には雑木林や小川、武蔵野崖線沿いには湧水もあり、身近なところにトカゲやヘビ、カエル、クワガタ、カブトムシ、タマムシ、カマキリ、バッタなど多種多様な生きものたちが生息していました。
小学生のころは友人と外で遊ぶことが多く、真っ暗になるまで遊んでいたものでした。生きものを捕まえに行くことや、捕まえた生きものを自宅に持ち帰って飼育することが多かったです。でも当時は上手く飼育できず、正直、長生きさせることができませんでした。
小学校から中学校にかけては釣りによく出かけるようになりました。多摩川を中心に向ヶ丘遊園辺りから是政辺りまで、さらには父親にお願いして津久井湖や相模湖、河口湖などにも出かけました。高校生になり、将来を少し考えるようになりました。仕事をするということはどんなことだろうか? 大学へ行くにも、そもそも何になりたいのかを考えた末に、「そうだ、カムバック・サーモンだ」ということで水産学科(当時)へ行くことにしました。
船に弱い(船酔いしやすい)ということもあり、大学3年生の秋から、東京都奥多摩町にある東京都水産試験場奥多摩分場(当時)へ卒論研究のために通うようになりました。多くの研究員の方たちには本当にお世話になりました。まさか、のちにいっしょに働くことになろうとは当時は夢にも思いませんでした。「カムバック・サーモン」をきっかけに、大学では魚や海のことを学ぶようになり、海の生きものやアマゾンの熱帯魚など興味は広がりました。
卒論を進めるなかのある日、水産試験場の方から「葛西臨海水族園で飼育係の募集をしているぞ」と教えていただきました。直感的に「これだ!」と思い、当時都庁のあった有楽町へバイクで申込書を貰いに行きました。
合格したのに採用されないなど、いろいろとありましたが、平成3年4月、東京都葛西臨海水族園へ着任しました。当時の園長、飼育係長から「飼育係」の名札を貰ったときの喜びは今も覚えています。あれから30年余り、あっという間でした。
さて、水族館の役割は時代とともに、変わってきているし、増えていると思います。もちろん本質的なところは同じだと思っています。また、私が子どものころと比べ、自然や海、生きものと関わる人が減っているとも思います。「川は危ない、危険だから近寄ってはいけない」これは間違ってはいません。川をはじめ、海など水辺には危険があります、本当に気を付けないと。でも遠ざけてしまうと、ますます危険は高まるようにも思います。
一方で、その水辺はまさに宝の山です。本当にいろいろな生きものたちがいます。魚以外に水草をはじめカエルやカメ、水生昆虫などもいます。日本は島国、北から南まで水温もさまざまで海に囲まれ、黒潮と親潮が流れます。まるで生きもののようにその流れが刻々と変わります。本当に魅力的です。子どものころからの経験もあり、そんな生きものの魅力や凄さを伝えること。さらに、それらが生きている環境のことをもっと知ってほしい、知ることで何かが変わるという思いが私の原動力だと思います。
それらを伝えるために、水槽を使って展示を創り、お客さまに観ていただく。必要な解説や写真、動画などあらゆる方法を駆使して伝える。展示を通してメッセージを伝える、そのために飼育をしています。

幼少期は実家近辺の田や雑木林で生きものと触れ合った。その体験が今の原動力となっている
水族園で生きものに興味・関心をもってくれた人たちが、いつか、最後はフィールドへ行き、安全に、そしてすばらしい景観や生きものたちを自分の眼で見てほしいと思っています。
さらに、生きものたちがくらす環境にも興味をもってくれたら。たとえば、日本では蛇口をひねればきれいな水が出て、そのまま飲めます。日本人にとっては当たり前に思いますが、これまで採集のために20か国程度の国へ出張しましたが、海外ではそのような国はなかなか無いです。水はとても貴重です。私たちが水族園で展示している生きものたちはその水を介して生きています。われわれが毎日使っている水を通して自分たちとつながっています。
水族園を訪れたあと、あなたの気持ち(行動)が少し変わるかもしれない。家に帰ったあと、図鑑を開く。水族園で観た生きもののことを誰かに話す。シャワーを出しっぱなしにしない。ひとつひとつは小さなことかもしれませんが、そんな人たちが1人でも増えることを夢に抱いて、これまでも、そしてこれからも、この仕事に取り組んでいきたいと思います。
〔葛西臨海水族園副園長兼飼育展示課長 杉野隆〕
・連載:35周年企画「水族園リーダーたちの夢」
[1]水族園の展示に込める思い
[2]水族園の目指す道──ずっと身近でいてほしい
[3]水族園を背後で支える施設の維持管理の仕事に携わってみませんか
[4]楽しく学べる水族園
[5]海をつくりたい
[6]アクア・ポジティブ
[7]インクルーシブな水族園を目指して
[8]夢見るおじさん
[9]水族園の「船頭」のお仕事──「夢の続き」をご一緒に!
[10]ホスピタリティを大切に
[11]ショップ・レストランから伝えたい!! いきものの魅力・大切さ
(2024年04月30日)