「擬態」と一口にいっても、環境に紛れるものや、ほかの生きものに紛れるものなど、いろいろあります。
カワハギのなかまであるノコギリハギは一見すると、単に素敵な模様の魚であるように見えますが、じつはこの模様は、フグのなかまであるシマキンチャクフグにそっくりです。ノコギリハギは毒をもつシマキンチャクフグに擬態することで、「わたしは毒をもっていますよ」とアピールし、捕食されるのを回避しているのです。このように、無毒な生きものが有毒な生きものに見た目を似せて、捕食を免れる擬態を「ベイツ型擬態」といいます。
2種を見分けるための一番の特徴は、背びれと臀びれです。ノコギリハギには体の輪郭に沿って長い背びれと臀びれがありますが、シマキンチャクフグには小さい背びれと臀びれがちょこんとついているだけです。コツをつかめば、見分けるのは簡単です。
 |  |
ノコギリハギ 長い背びれと臀びれを波立たせるように泳ぐ | シマキンチャクフグ 小さい背びれと臀びれを左右に振って泳ぐ |
ベイツ型擬態は、捕食されるのを回避するためにとても便利そうですが、じつは個体数を限りなく増やしていくことは難しいという難点もあります。この擬態は、捕食者が「この模様の魚は毒があるぞ」と学習することによって成り立ちます。もし、擬態しているだけのノコギリハギを食べる機会が増えると、「この模様の魚は食べても大丈夫」となってしまうのです。これでは擬態の意味がなくなってしまいますね。
このことから、なかまを増やしすぎないことが、ノコギリハギが生き残っていくためには重要なのです。また、食べられる機会を減らすためには、シマキンチャクフグよりも目立たないように行動することも効果がありそうです。
現在、数匹のノコギリハギを飼育していますが、不思議なことに、どのノコギリハギもほかの魚といっしょにいると、とても控えめで、えさを食べにくるのもとてもゆっくりです。飼育係としては、ほかの魚に食い負けて痩せないか心配になるのですが、この控えめな性格も、もしかすると進化の過程で得たものなのかもしれませんね。
葛西臨海水族園ではほかにも、岩に擬態しているオニダルマオコゼや、海藻に擬態しているウィーディシードラゴンを飼育しています。ぜひいろいろ見比べて、その生活を想像してみてください。
〔葛西臨海水族園飼育展示係 川上七海〕
◎関連記事
・
擬態の名人──オニダルマオコゼ(2021年07月30日)
・
擬態の名人2──ハナオコゼ(2022年12月16日)
・
オニダルマオコゼの擬態と脱皮(2023年10月27日)
(2024年08月09日)