2024年5月22日、多摩動物公園で飼育する唯一のアフリカゾウ「砥夢」(トム)に対して、左牙を抜く処置を行い、無事に終了しました。終了当日は
「無事終了」を速報でお知らせしたので、本日は少し詳しく報告します。
これまでの経緯
砥夢は2012年11月の来園当初から、壁や柵などに牙をこすりつける行動が見られていました。2018年2月に左牙の先端から約30cmを折ってしまったため、牙がそれ以上損傷しないよう、牙に保護材を巻くなどの対応をおこってきましたが、2021年6月に左牙の歯髄を含む内部組織が壊死し、剥がれ落ちて空洞になりました。以降は感染症等を防ぐために左牙の内部洗浄や経過観察をおこないながら現状維持を図ってきました。
以前から指導をいただいているゾウ飼育管理の専門家に相談したところ、砥夢の今後や日々のケアの安全性を考慮し、左牙を抜いた方がいいとアドバイスをもらいました。そこで、ゾウの抜牙(ばつが)経験の豊富なアメリカの専門家グループを招聘し、処置をおこなうことになりました。
準備は約1年前に開始しました。牙を抜くには麻酔をする必要があります。しかし、アフリカゾウを麻酔で動けなくする処置は、多摩動物公園では別個体で1990年から1992年のあいだに4回の実施例がありますが(
報告文献)、近年では実施例がありませんでした。麻酔にともなうさまざまなリスクを低減するために、アメリカの専門家と十数回のミーティングを重ねました。また、麻酔薬を投与するためには、ある程度近づく必要があるため、適切な位置に砥夢を誘導するトレーニングもおこなってきました(
トレーニング記事)。
当日の経過
当日の処置は多摩動物公園の獣医、飼育係、アメリカの専門家グループのほかに、国内の動物園の獣医や飼育係、国内外の大学の協力を得て、総勢66名のスタッフでおこなうことになりました。5月20日と21日は、ほとんどのスタッフが集合しての最終ミーティングとリハーサルを入念に実施しました。
06:30 処置がスムーズにおこなえるよう、アフリカゾウ飼育担当者が準備作業を開始
08:00 スタッフ全員がアフリカゾウ舎に集合。最終ミーティング
09:05 砥夢を寝室から運動場へ移動
09:10 係留作業を開始
09:43 麻酔薬を投与
10:28 アメリカの専門家チームを中心に抜牙処置を開始
この間、砥夢の状態を適切に保つための呼吸管理、輸液、持続的な麻酔投与、生体モニターなどを実施
12:05 牙が抜け、処置終了
12:42 麻酔覚醒のための拮抗剤を投与
12:47 麻酔から覚醒し起立
作業時間は以下の通りで、想定よりも少し早く終わりました。
・抜牙処置にかかった時間 1時間37分
・トータル麻酔時間 3時間2分
・トータル作業時間 3時間36分
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処置当日朝の全体ミーティング | 砥夢に麻酔が投与されるのを待つスタッフ |
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処置中は多くのスタッフが対応にあたります | 抜く直前の左牙の状態 |
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左牙の空洞内にアンカー状の器具を入れ、 ゆっくりと引き抜きます | 無事に抜けました |
麻酔から醒め、立ち上がる砥夢
【動画】砥夢の抜牙処置(2024年5月22日撮影)
※0:43~01:45には、抜牙にともなう出血シーンがあります。閲覧にご注意ください。
処置の完了と今後
抜牙処置のあいだ、少しでも早く牙を抜くとともに、砥夢の体調を適切に管理していくため、スタッフ66名が一致団結して取り組みました。想定よりも早く、無事に牙が抜けたのは、各人の持てる力を最大限に発揮したことと、当日までの入念な準備の賜物と考えています。
処置は無事に終了し、処置後の経過は良好です。今後は、左牙除去後の患部が感染等を起こさず、完治できるようにケアをしていきます。また、右牙にも小さな歯髄腔が見えるため、今後、レントゲン撮影等をしながら経過観察をおこない、できる限り温存できるように飼育管理をしていきます。
〔多摩動物公園北園飼育展示係〕
(2024年05月24日)