多摩動物公園の「野生生物保全センター実験室」では、飼育下での繁殖を支える仕事をしています。
そのひとつが精液の凍結保存です。動物園で動物の命をつないでいくためには、いろいろな個体が子孫を残すことが大切です。動物はふつう、生きている場所・時代でしか子孫を残せません。しかし精液を長期的に保存できれば、時間や場所を超えて、人工授精などによって繁殖できるかもしれません。希少な動物たちの繁殖の可能性を広げるべく、精液の凍結保存に取り組んでいます。
今年度、絶滅危惧種であるチンパンジーの精液凍結保存について検討を重ね、初めて実用化が期待できる保存ができたのでご報告します。
多摩動物公園のオスのチンパンジー「デッキー」は貴重な血統を持ち、ぜひ子孫を残したい個体です。デッキーは人の手で育てられたため自然な交尾ができませんが、射精物を飼育担当者へ手渡してくれます。実は、このように日常的に精液を回収できるのは貴重なことです。ほとんどの動物では精液を入手できる機会はごく限られていて、保存方法を十分に検討するのは簡単ではありません。そんななか、デッキーの精液については本格的に凍結保存方法の検討をすることができました。
凍結保存は次のようにおこないます。
① 回収した精液を顕微鏡で見て、動いている精子の割合等について検査をおこなう。
② 凍らせても精子が死んでしまわないように特別な保存液を混ぜる。
③ 保存容器に入れ、液体窒素を用いて凍結する。
後日凍結精液を溶かして保存がうまくいったか確認します。融解後も、凍結前の状態がなるべく保たれているのが理想的です。
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顕微鏡で精液の検査をおこないます | 液体窒素タンクに保存します |
2021年夏まで、数種類の保存液を使用して凍結試験をおこないました。しかし、後日溶かしてみると、残念ながら多くの精子が動かなくなっていることがほとんどでした。
このため、9月から、新しく入手したヒト用の保存液を用いて凍結を開始しました。初めて融解するときは、期待と不安が半々の気持ちでした。溶かした精液を顕微鏡でのぞきこんでみると……「けっこう元気に動いている精子がいる!」
これまでの結果と比べると、明らかに凍結前に近い状態だと感じました。その後も試験を繰り返し、再現性も確認できました。現在は状態のよい精液が回収できた日に凍結をおこない、保存しています。
今年度は、デッキーの精液(凍結していない)を用いた人工授精に成功という嬉しいニュースもありました(
詳しくはこちら)。凍結精液が将来の繁殖につながることを期待して、今後も凍結保存を進めていきます。
〔多摩動物公園野生生物保全センター 髙柳〕
(2022年03月11日)