2024年4月2日、多摩動物公園のアムールトラ「イチ」(メス、9歳)が
子どもを1頭出産しました。父親は「アルチョム」(オス、9歳)です。イチは
2019年12月に徳山動物園から来園し、アルチョムと繁殖をめざしていましたが、いくつか問題がありそれを乗り越えてようやく繁殖にこぎつけました。出産にいたるまでに起きた問題や、子どもの成長について映像を交えてお伝えします。
「イチ」の出産から子どもの成長まで
筆者がイチとアルチョムの同居を始めたのは2021年11月です。これより前は、前任者が同居を数回おこなった状態でした。しかし、2頭の親密度は低く、見合いをさせてもあいさつ程度で強い関心は示さず、同居をしてもあまり近づきたがりません。最終的に闘争にいたり、交尾は見られませんでした。個体の経験値や相性の問題もありましたが、根本的に互いの存在自体に不安があるような印象です。
そのため、親密度を高め、互いを認めて安心してすごせるように2頭の格子越しの見合いを終日続けました。すると、あいさつをする程度だった2頭は格子越しに頻繁にすり寄るようすが日常的に観察されるようになり、親密度が徐々に上がった印象で、同居のたびにいっしょにいる時間も長くなりました。そして、2022年1月にはアルチョムがイチに後ろから乗駕をするようになりました。ここまでくれば繁殖まであと一歩です。
ところが、新たな問題が発生しました。イチが8月ごろから逆流性食道炎を患い、体調を崩したのです。回復を最優先とし、同居を休止しました。体調の浮き沈みを乗り越えながら、長い闘病を経て、約1年後の2023年9月ごろには体調が少しずつ回復し、ようやく同居を再開。12月に交尾が確認されました。
交尾のようすから妊娠の可能性はありましたが、外見からはわかりづらく確信できずにいました。しかし、2024年3月初旬、ふだんは毛に埋もれて見えないはずの乳首がはっきりと見えたため、妊娠を確信しました。それから、寝室内に産箱を作り、藁を敷き、イチが気になりそうな場所は目隠しをして、出産の準備を万全にしました。
2024年4月2日の正午すぎ、ついに陣痛のような症状がはじまりました。刺激しないように監視カメラで経過を見守ります。しばらく立ったり、座ったり、寝てみたり……落ち着かないようすです。17時ごろに陰部を舐め、産箱の入り口前に藁を前脚でかいて山をつくりました。その後は産箱にこもり出てきません。「どうした……そろそろ生むのか?」そう思ったころ、藁の山の中から、子どもが1頭、もがきながらはい出てきました。待望の子どもの誕生です。監視カメラ越しでよくわかりませんでしたが、じつは17時ごろに出産しており、藁の山で埋めていたのは生まれたばかりの子どもだったのです。
ここでまたまた問題発生です。子どもは一生懸命動きますが、イチは巣箱から出てきません。イチは今回が初産。トラは初産で育児放棄することが多いので、嫌な予感が頭をよぎります。しかし、しばらくすると子どもが懸命に動くようすに背中を押されたのか、巣箱から出て来て、子どもを優しくくわえて戻り、育児を始めたのです。その後は巣箱に隠れ、姿が見えませんでしたが、翌朝も子どもをしっかりと抱き、授乳していて、ほっとしました。
子の愛称は、藁の中から力強く出てきたようすから、新芽の発芽を連想したため「フタバ」としました。イチのおっとりとした性格から、ちゃんと子育てをしてくれるか心配でしたが、心配とは裏腹に順調すぎるぐらいに子育てをしており、フタバは現在生後5か月を迎え、体重も30kgほどになりました。
さて、フタバはどんどん成長していきますが、課題があります。それは母親以外のトラとの関係を学ぶことです。トラの育児はすべて母親がおこなうため、独り立ちするまでほかの個体と接触することはありません。しかし、動物園ではほかの動物園へ移動したり、繁殖をめざしたりするときも他個体とのコミュニケーションがとても大切です。前述したとおり、イチとアルチョムの関係を構築するのも一苦労でした。
そのため、生後4か月ごろからフタバと父親のアルチョムの格子越しのお見合いをおこない、コミュニケーションを勉強してもらうことにしました。すると意外や意外、フタバはアルチョムに興味津々で、すぐに上手に鼻を鳴らして挨拶するようすが見られました。それに対してアルチョムは、少々威嚇をしますが敵意はないようすで、ぎこちないながらも鼻を突き合わせて、挨拶をしています。現在は親子3頭で鼻を突き合わせ、コミュニケーションをとるようになりました。まだまだ課題は山積していますが、何とかここまでたどり着くことができ、担当者としてもひと安心です。
現在、フタバは母乳も飲んでいますが、しっかりと肉も食べるようになり、成長のスピードが上がっています。まだまだあどけなさが残り、かわいい盛りです。不定期ですが、運動場へ慣れるための練習もしており、開園時間中に見ることができます。お越しの際は、活発な姿をぜひご覧ください。
〔多摩動物公園南園飼育展示第1係 川上〕
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