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「親のすねかじり」にはワケがある──12/25
 「北極の生物」の水槽をのぞくと、変わったものが目につきます(写真)。木の枝? なにかのオブジェ? いいえ、れっきとした生き物です。よく見ると、昆虫のナナフシに似た生物が重なり合っています。なにをしているのでしょう?

 さらにじっくり見てみると、1匹の大きな個体の触角に小さめの個体がたくさんしがみついています。じつは、大きいのは母親、小さめのはその子どもたち。「アークティックアイソポッド」(以下、アイソポッド)と呼ばれるこの生物は、メスが子どもを二本の太い触角で持ち運び、保護するのです。
 北極の海に潜って観察した職員によれば、メスは多少流れのある海底の海藻にくっつき、子どもを持ち上げるように体をそらしており、人が近づくと体をバタっとふせるそうです。アイソポッドの胸のあたりを見てみると、細かい毛がたくさんはえた脚があります。このクシのような脚で、流れてくるプランクトンをひっかけて食べるのです。子どもを持ち上げるのは、流れてくる餌を効率よくとるためなのでしょう。水槽の中でも、同じような行動が観察されます。また、子どもを触角につけて持ち運べば、食べられる危険は少なくなります。

 ところで、アイソポッドの子育てについて、昨年(2003年)10月にも本誌No.132で紹介しました(上記ニュースページの写真下)。今よりもずっと小さな子どもが触角にしがみついています。メスのお腹には膜状の袋があり、その中で孵化した子どもは、その袋から出て、母親の触角にしがみつきます。

 それから1年以上たった今、子どもは「いつまで、しがみついてるの?」と言いたくなるほど大きく見えます。人間の社会と同じで親は大変……。でも、これにはワケがあるのです。
 アイソポッドも含めて、海底でくらすウニ、ヒトデ、カニなどの底生無脊椎動物は「ベントス」と呼ばれています。そうしたベントスの多くはたくさんの小さな卵を産みっぱなしにします。アイソポッドのように卵や子どもを保護する生物は少数派なのです。
 たとえばムラサキウニは、直径わずか 0.1ミリほどの卵を10万~1000万個も水中にばらまきます。孵化した子どもはしばらくの間、水中をただよいながらえさを食べて成長します。この間、他の生物に食べられるなどして、ほとんどが親になる前に死んでしまいますが、小さい卵をたくさんばらまけば、中には運よく生き残るものもいるでしょう。

 いっぽう、アイソポッドのくらす北極は水温が低いため、子どもの成長も遅く、また、えさの量の変動が激しく、暗い冬にはプランクトンの量が極端に少なくなります。このような厳しい環境では、栄養をたくさんもった大きな卵を産んだり、子どもの数を少なくして大事に保護したりした方が、よりたくさんの子どもを残せるかもしれません。
 水槽内の観察では、アイソポッドはわずか数十から百数十個の卵を産み、1年以上も子どもを保護します。北極や南極では、同じようなやりかたで子どもを残すベントスが少なくありません。極地という環境で、できるだけたくさんの子どもを残すための戦略の一つなのです。「親のすねかじり」にもワケがあったんですね!
〔東京動物園協会調査係 天野未知〕

(2004年12月24日)



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