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東京湾から消えたアオギス──葛西 2005/7/16
 「キス」という魚を知っていますか? 白銀色の細長い体は、華奢で美しく、味も淡白でじつに上品。天ぷらやフライにすると最高! 砂浜での投げ釣りや船釣りなどで簡単に釣れ、釣り人にも人気のある魚です。でも、この「キス」とは「シロギス」のこと。今回ご紹介するのは、シロギスに姿形がとても似た「アオギス」です。

 アオギスは「東京湾」のコーナー、「東京湾の漁業」水槽に展示されています。でも、正確には、ここに展示するのはふさわしくないかもしれません。というのも、かつて東京湾に漁業の対象となるほどたくさんいたアオギスは、昭和40年代頃から急速に減り始め、その約10年後、昭和51年に確認されたのを最後に、東京湾からすがたを消してしまいました。今でも東京湾でふつうに見られるシロギスとは異なり、アオギスは悲しい運命をたどったのです。

 アオギスはなぜいなくなったのか? 残念ながらアオギスの生態的な研究が少ないことなどから、その理由は明らかではありません。しかし、産卵や子育てのために河口とその周囲に広がる干潟を必要とするアオギスにとって、干潟の減少がその大きな要因であることはたしかでしょう。開発により東京湾の干潟がつぎつぎと埋め立てられ、水質が悪化したのと時を同じくして、アオギスはすがたを消していったのです。

 消えたのはアオギスだけではありません。「脚立釣り」と呼ばれる、アオギスをねらった釣りは、江戸時代の夏の風物詩だったそうで、釣り方や釣場についてかかれた書物がたくさん残っています。船陰や物音に敏感なアオギスを驚かさぬよう、船で沖の干潟まで出て、高い脚立を立てて座り、長い竿から釣り糸をたれて待ちます。当たりが微妙であわせにくいところ、かかった時のひきの強さが、江戸の人々を魅了したそうです。かつて、東京湾には何キロも沖まで続く広大な干潟が広がっていました。空と海だけが広がる干潟の上で釣り糸をたれる、なんと風流な釣りだったことでしょう!

 アオギスは全国的にも激減し、現在ある程度まとまって生存が確認されているのは大分県の豊前海のみとなりました。現在、様々な機関で、アオギスの絶滅の原因を明らかにするための生態的な研究が進められています。干潟の減少とともに、減ったり、またすがたを消したりした生き物はアオギスだけではありません。ユニークな釣り文化とともにすがたを消したアオギスの展示をとおして、ぜひその事に関心をもっていただければと思います。
〔東京動物園協会調査係 天野未知〕

(2005年7月16日)



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