イソギンチャクとの共生で有名な「クマノミ」という魚を知っていますか?毒のあるイソギンチャクを隠れ家や産卵場所として利用し、ほぼ一生をその近くですごす魚です。
サンゴ礁ではふつう、一つのイソギンチャクに雌雄のペア1組がすみつき、そこに何尾かの幼魚が加わってグループをつくります。イソギンチャクのまわりに「小さな社会」ができるわけです。今回は、水槽の中でも観察できるクマノミの社会の意外な一面を紹介しましょう。
「東京の海」のコーナー、「伊豆七島」の水槽には、現在9尾のクマノミが展示されています。よく見ると、クマノミの大きさが少しずつちがうことに気づくでしょう。不思議ですね。
そして、ときどき大きい個体が、自分より小さな個体を追いかけて、岩のあいだに追い込むような行動も見られます。
じつは、クマノミの体の大きさは、力関係を示しているのです。メンバーを強い(大きい)順に紹介すると、一番大きいのがメス、二番目がオスです。そして、のこりの7尾はオスでもなくメスでもない、成熟していない幼魚たちです。幼魚の中にも順位があるようで、体の大きさが少しずつちがいます。
ところで、「オスでもなくメスでもない」ってどういうこと?と疑問に思うでしょう。クマノミは、成長にともなってオスからメスへと性転換ができる魚で、最終的にメスになるまでは、オスにもメスにもなれる可能性がある「雌雄同体」なのです。
さて、このように、グループの中のメンバーには順位があって、おたがいに敵対した関係にあるわけですが、争いの目的は繁殖です。一つのイソギンチャクのもとで繁殖できるのは、グループの中で体の大きい2尾だけ。ですから、自分の子孫を残そうと、みんな競って大きくなろうとします。
でも、当然のことながら、上位の個体は自分の地位をうばわれたくありません。下位の個体を攻撃して、餌を食べられないようにしたりして、成長や成熟を抑制するようです。実際に水槽でエサを与えるとき、大きな個体から小さな個体への攻撃がしばしば観察されます。
たとえば、もしもこのグループの中から一番大きな個体、つまりメスを取り除くとどうなるでしょうか? なんと、2番目に大きい個体──つまりオス──がメスになり、幼魚の中で一番大きな個体が成熟してオスとなって、新しいペアをつくるのです。グループ内の社会的な力関係によって、成長や成熟が抑えられたり、オスメスが決まるというのは、人間社会からは想像もつかないことですね。
楽しそうに泳いでいるだけに見えたクマノミたちですが、この事実を知るとまったくちがうように見えるのではないでしょうか。葛西臨海水族園でぜひクマノミの社会を観察してください。
〔葛西臨海水族園調査係 天野未知〕
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