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「マツバガイ」15センチの逃走劇
 └─葛西  2013/05/10

 2013年4月24日の朝、葛西臨海水族園東京の海エリアの「しおだまり」水槽で、ある生き物の脱走が発覚しました。その生き物は、直径5センチほどの巻貝「マツバガイ」で、水槽上の開口部から約15センチ離れた垂直の外壁にくっついている姿で発見されました。

 マツバガイは、国内では房総半島から九州にかけて分布するカサガイ類のなかまで、海岸の岩場の潮間帯(干潮と満潮の水面の間)でくらしています。完全に水没する満潮時よりも、岩に波しぶきがあたるくらいの潮位を好むようで、そのようなときに活発に動きまわり岩肌の藻などを食べます。一方、完全に空気中に曝される干潮時には、岩にくっついて動かないことが多いのですが、夜間は干潮時であっても活動的になります。
 また、カサガイ類の中には移動した後、再びもとの場所に帰る習性をもつものもいますが、マツバガイは行ったきりの放浪型です。

 マツバガイのいる水槽は、設置当初、水位を下げて干潮としていましたが、貝が常に水から出てしまうため、干からびないように夜間に水位を上げ、満潮の状態としています。事件が起きたのは、恐らくこの夜間(満潮時)と考えられます。水位を上げたことで、マツバガイは好きな潮位を求め、さらに上へと移動したのでしょう。しかも、活動的になる夜のことです。水槽上部は蓋はなく開放されていますが、その周囲は「ねずみ返し」ならぬ「巻貝返し」の砦になっていて、厚さ1センチほどの板のへりを巻き込むようにして乗り越えねばならず、さながら巻貝に前屈運動を要求するようなことになるでしょう。しかし、この砦をなんとかクリヤーし、さらに乾燥した壁面を約15センチ逃走したと考えられます。その後も、水槽へ戻ることはありませんでした。

 今回、運よくすぐに発見され、干からびることを免れたのは幸いでした。この逃走劇にはマツバガイの習性を改めて考えさせられました。

写真上:脱走したマツバガイ、赤い矢印は逃走最短ルート(約15センチ)
写真下:脱走最大の「砦」と思われる水槽の縁(厚さ約1センチ)

〔葛西臨海水族園飼育展示係 田辺信吾〕

(2013年05月10日)



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