トラにはいくつかの種類(亜種)が知られています。上野動物園で飼育しているのは熱帯にすむスマトラトラ。黒い縦縞は太く、体毛は黄色というより橙色。体は小さめです。
一方、多摩動物公園にいるのはアムールトラ。シベリア東部から中国東北部の寒冷地に生息しています。黒い縦縞は細く、体毛は薄黄色、体はトラの亜種としては最大です。
多摩動物公園では現在、メスのシズカとオスのリングの2頭を飼育中。シズカは2006年に多摩動物公園で生まれました。小さい頃から遊具を与えられてきたせいか、名前とは裏腹にとてもやんちゃなメスです。
オスのリングは2003年ロシア生まれ。2004年に釧路市動物園に来園し、2009年10月14日、多摩動物公園にやってきました。国内の個体とは異なる血統をもつリングは貴重な個体です。繁殖のために1年間釧路市動物園からお借りしています。トラは環境変化に敏感です。来園当初、リングも餌を食べてくれず、心配していましたが、今では環境に慣れ、落ち着きのあるジェントルマンだということがわかりました。
2頭の部屋を柵越しの隣室にしたところ、シズカは「フフン」と鼻を鳴らしながらリングに近づいて行きました。リングも鼻を鳴らして応えます。これはトラどうしの挨拶です。それ以降、シズカは外に出ていても、リングが気になってしかたありません。それまで気ままに外で過ごしていたのですが、一日中室内を気にして、ときどき「ウォーン、ウォーン」と鳴いてリングを呼ぶようになりました。トラは単独で生活しますが、シズカは小さいうちに親と離れたこともあり、寂しさを感じていたのでしょう。うれしくて仕方がないようすでした。
しかし、やんちゃで若いシズカは愛情表現が未熟でした。夕方、リングと柵越しに顔を合わせると「ガーッ」と吠えて飛びかかるようになってしまいました。シズカがあまりにしつこいので、やがてリングも同じ反応をするようになりました。こうして、いつしか2頭は顔を合わせるたびに「ガーッ」と吠え、立ち上がることを繰り返すようになってしまいました。
繁殖のことを考えると、落ち着きのないこの関係はよくありません。そこで、シズカの部屋の隣の空き室に産箱を設置し、シズカをそこに移しました。野生のトラは単独性なので、雌雄がつねに顔を合わせているわけではありません。おたがいを認識しつつ、距離がある方が自然といえるでしょう。
部屋を移動させて5日目、この方法が功を奏して、シズカが床に転がる発情行動を見せました。それほどはっきりとした行動ではありませんでしたが、ためしにリングに隣接する部屋に入れると、攻撃的な反応は一切見せず、しきりに鼻を鳴らしながら柵に体をすり寄せ、腰をかがめて交尾姿勢をとります。待ちに待った瞬間です。
2頭を同居させた後も順調で、1週間ものあいだ交尾が繰り返されました。助けられたのは紳士的なリングの態度です。
同居初日はシズカの発情の程度も弱く、交尾と交尾のあいだにシズカがリングに物陰から何度も飛びかかっていました。一度はリングが腰のあたりをつかまれ、地面を2回転させられることさえありました(遊びなので爪は立てていません)。気の短いオスだったら、怒ってメスを傷つけてしまうことも少なくありませんし、逆に怖がって交尾をしなくなる恐れもあります。
しかし、リングはすぐに遊ぼうとするシズカのあしらい方を学び、しかも、交尾回数も重ねてくれました。うまくリードしてくれたリングに心から感謝しています。交尾が成功していれば、水ぬるむ寅年の春、吉報をお届けできるかもしれません。乞うご期待!!
写真上:立ち上がる2頭
写真下:交尾
◎東京ズーネットBBの動画から
・「
アムールトラの赤ちゃん『シズカ』」
(2006年09月撮影)
・「
アムールトラとユキヒョウに遊具をプレゼント」
(2009年01月撮影)
・「
アムールトラ『リング』登場」
(2009年11月撮影)
〔多摩動物公園南園飼育展示係 熊谷岳〕
(2009年12月29日)