ニュース
人工哺育になったチンパンジーの「ジン」
 └─多摩  2008/10/17

 2008年7月2日の朝、いつものようにチンパンジー舎の扉を開けると、モワッと漂う血のにおい。「まさか!?」。急いで寝室に向かうと、ピーチの部屋が血の海になっています。興奮して天井からぶら下がるピーチの腹には赤ちゃんが見あたりません。階段の下を見ると、放置された子どもが目に入りました。

 血は乾いておらず、時間もそれほど経っていないようでしたが、子どもはピクリとも動きません。ダメかと思いかけたとき、聞きなれない「キィーキィー」という鳴き声がしました。……まだ生きてる!

 ピーチに子どもを持ってくるように促しましたが、初産のピーチは自分の身に起きたことがよく理解できないようでした。とても興奮しており、子どもに触るどころか近づきもしないのです。「子どもを助けるのが先だ」と考え、すぐに子どもを引き上げました。

 子どもの体はとても冷たく、一刻をあらそう状態です。すぐ体をタオルで巻き、病院に向かいました。病院に到着するまえ、その小さな手からは想像できないような力で、私の服をぎゅっとつかんでいました。

 獣医師の懸命な処置のおかげで、子どもはすぐに元気を取り戻しました。チンパンジーは 1,500グラム前後で生まれることが多いのですが、この子どもは2,100 グラムもありました。子どもが無事だったことは嬉しいのですが、その思いとは裏腹に、私の頭の中は、「この子をどうしたらいいのか……」という心配でいっぱいになっていました。

 チンパンジーは群れで生活する動物です。なかまへのあいさつなど、生きていくために必要なことを母親から学び、大事に育てられます。群れの中で育つことで、他の個体とコミュニケーションをとり、社会性を身につけます。

 しかし、人間がチンパンジーをおとなになるまで育てるということは、自分がチンパンジーであることをわからずに育っていく可能性を高めてしまいます。社会性を身につけられないと、40~50年も生きる彼らがずっと1頭で暮らすことになりかねません。

 チンパンジーを群れに戻すことは本当にむずかしいことですが、子どもの将来を考え、どうしてもチンパンジーとして育ってもらいたいという思いから、群れに戻す試みを進めることに決めました。

 現在、チンパンジーの声を聞かせたり、においを教えるためにチンパンジー舎の中に哺育器を置いたりしています。1日に5回おこなう授乳など、子どもの世話は4人の飼育係のみで行っています。これも、人間との接触をなるべく避け、チンパンジーといる時間を増やすためです。時間の許すかぎり、群れのメンバーへの顔見せもおこなっています。

 母親のピーチはとても強い個体で、群れの子どもたちにとてもやさしいチンパンジーです。その強さを受け継ぐよう、お酒から名前をとることにしました。さまざまな果実やリキュールと相性がよく、また、個性的な多摩の群れとカクテルのようにうまくなじんでほしいという願いから、「ジン」(Gin) と名づけました。

 ジンはこれからたくさんの試練を迎えることと思いますが、無事群れに入れるよう、飼育係一同全力を尽くします。みなさんもジンを応援してください。──「頑張ろうなジン!!」


写真上:2008年7月2日、出産当日
写真中:2008年9月27日、哺乳のようす。
    体重は9月末で 3,600グラムを超えました
写真下:2008年9月28日、群れのメンバーへの「顔見せ」

〔多摩動物公園北園飼育展示係 木岡真一〕

(2008年10月17日)



ページトップへ