いままでたびたび紹介してきた葛西臨海水族園の「インド洋」の水槽。世界の海エリアではもっとも小さな水槽ですが、じつはまだまだ紹介しきれない生物がたくさんいる豊かな水槽なのです。
実際に水槽の前に立ち、右隅に注目していただくと、スガモの根元になにやら小さな花のようなものが地中から顔を出しているのが見えるはずです。白いものが二つ、茶色が一つ、つつましく咲いています。アクリルに近い位置にあるのですぐ見つかるでしょう。
この「花のようなもの」を見つけたら、しばらくじっと目を離さず観察してみてください。サザナミハギやハラスジベラといった魚が近くをかすめるように通り過ぎると、瞬時に消えてしまいます。「それ」があった場所には細い管のようなものが少しだけ頭を出しています。やがて周囲が静かになると、その管から再び「それ」が花を開くようにすがたを現わします。なぜそんなに素早く動けるのかというと、じつはこの「花のようなもの」が動物だからです。
「ケヤリムシ」という名前をご存知でしょうか? ダイバーにはよく知られた、定番といっていい生物です。細い管状の体から花びらのようにたくさんの触手を出し、海水中のプランクトンなどをこしとって食べる生き物です。
触手は敏感で、手で触れようとするとすぐさま引っ込んでしまいます。この動きが楽しいからか、それとも、大物を見逃した腹いせなのか、ダイバーがしきりに突っつくすがたをよく目にします。
この触手の部分を「鰓冠」といい、捕食器と呼吸器をかねています。鰓冠だけをクローズアップすると、なんとなくイソギンチャクのなかまかなにも思えますが、そうではありません。環形動物に属し、ゴカイやミミズ、ヒルなどのなかまなのです。
鰓冠をすぼめる管の部分が本体で、細長い体のほとんどは地中に埋まっています。同じ「インド洋」の水槽にはナマコの一種、オオイカリナマコがいます。触手を活発に動かしているすがたがごらんになれるでしょう。この「オオイカリナマコ」が触手だけを残して胴体を地中に埋めているすがたを想像すると、ケヤリムシの全体像がイメージできるかと思います。
ケヤリムシは、以前紹介したシャコのように、もともと展示目的で飼育している生物ではなく、ライブロック(自然の石)などに付着して紛れ込んできた来訪者なのです。したがって、情報ラベルも張り出されていません。
でも、こんな小さく可憐なお客さんが水槽内にいついてくれると飼育担当者としても嬉しいもので、意外に大切にしているんですよ。ご来園の際には、ラベルにない生物も探してみてくださいね。
〔葛西臨海水族園飼育展示係 飛田英一朗〕
(2008年10月03日)
|