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世界ゾウの日2021:前編──アルンの誕生と成長、動物園でのゾウ飼育の展望
 └─ 2021/08/09
 8月12日は「世界ゾウの日」です。「世界ゾウの日」とは、2012年8月12日に、カナダの映画監督Patricia Sims氏とタイの保護団体(Elephant Reintroduction Foundation)により設立された、世界中でゾウの保護を呼びかける日です。

 上野動物園では2016年からこの取組みに賛同し、野生のゾウを取り巻く現状や保護について取り上げ、夜間開園にあわせてイベントや普及啓発を実施してきました。2020年は新型コロナウイルスの流行に伴い、以前のようなイベントを実施することができませんでしたが、インターネットを通じて動画や記事を配信しました

 今年2021年も参加者を募ってのイベント実施は難しい状況にあるため、インターネット上での普及啓発を実施することとしました。東京ズーネットYouTubeチャンネルでは8月9日から12日まで、一日1本の特別な動画を配信しますので、あわせてご覧いただければと思います。


 上野動物園のゾウ舎では、2020年から2021年にかけて大きなできごとがいくつもありました。長いあいだ、みなさまに親しまれてきた「アティ」(オス)と、「ダヤー」(メス)の死亡は非常に残念で悔しいできごとでした。
 しかし、「アルン」の誕生という喜ばしいこともありました。上野動物園の歴史上、アジアゾウの繁殖に成功したのは初めてのことです。今回は、アルンの誕生を振り返りつつ、動物園でのゾウ飼育についての展望をお伝えしたいと思います。

 2020年10月31日、「ウタイ」がオスの子を出産しました。
 ここに至るまでに、長い時間がかかりました。アティと「ウタイ」の繁殖の取組みを始めたのは2007年からです。ウタイの採血をして、血中ホルモンの動態から予測した発情ピーク周辺に同居をおこなう方法を続けてきました。アティとウタイはこれまでに数回交尾をしましたが、妊娠に至ったのは2016年に流産したときのみでした。ホルモンの測定は外部機関と連携しておこなっていましたが、サンプル送付から測定までにどうしても時間を要するため、発情ピーク予測が実際とずれていた可能性がありました。2014年からは園内の動物病院に測定器を導入し、採血をしたその日のうちに測定結果が出せるようになりました。ホルモン動態を迅速に把握できるようになったため、同居のタイミングもより的確に決定できるようになりました。

 それと同時に、今回の交尾と妊娠は、アティとウタイそれぞれの成長によるものが大きかったように思います。以前はウタイの状況に関係なく、アティがとりあえず交尾姿勢をとろうとするようなところがありましたが、年を重ねるごとにウタイへの対応が丁寧になっていった印象があります。ウタイは発情ピークでないときには嫌がり逃げ回りますが、そのようなときには深追いしなくなりました。また、交尾姿勢をとる際にウタイを上から押さえ込むやり方も上達していったように思います。そのようなアティの成長もあってか、ウタイの拒否行動も以前より少なくなったようです。

 そして、2019年1月の発情期に同居した際に交尾し、妊娠の期待が高まりました。それからエコー検査を定期的におこない、胎仔を初めて確認できたのは9月のことです。2016年に一度流産をしているため、次こそ無事に産まれてほしいと思いました。

 妊娠期間中には、体重管理と歩行を主とした運動、なるべくストレスをかけないように検査もできる限り少なくして飼育管理を続けました。2020年になると、新型コロナウイルスの流行に伴い、上野動物園も臨時休園となりました。通常であればにぎやかなはずの園内は静まりかえり、非日常的ではありましたが、妊娠中のウタイにとっては静かな環境はよい方向にはたらいたかもしれません。人工保育となった場合も想定し、着々と準備を進めていきました。

 10月30日の夕方以降、陣痛らしき行動が見られ、翌31日の朝方に出産しました。しかし、産まれた子の鳴き声にウタイが反応して興奮して子ゾウを足で踏みつけるなどしたため危険と判断し、一時的に子ゾウを取り上げました。ウタイは初めての経験に少々パニックになったようでした。

 その後、ウタイに子ゾウを受け入れてもらい授乳ができるようにするため、人が補助しながら子ゾウをウタイに近づける試みを続けました。まだウタイが子ゾウを受け入れていなかったため、夜はウタイから搾乳した少量の母乳と、水分補給のためのブドウ糖液を人が飲ませました。これらの試みを続けた結果、生後3日目の夜に初めて自力での授乳に成功し、親子の結びつきは急速に安定していきました。「アルン」というすてきな名前もつき、元気いっぱいに育っています。それ以降のようすはたびたびウェブサイトや上野動物園公式ツイッターでも写真や動画とともにご紹介してきたので、ご存知の方も多いと思います。

 その後、放飼場への出入りを少しずつ慣らすとともに、「スーリヤ」と親子をいっしょに放飼できるように取り組んでいました。しかし、スーリヤは動きが早く予想のつかない行動をするアルンを少しこわがっているようすで、パニックになることがありました。現在はいっしょにはせず、仕切り越しで互いの存在を確認できる状態にとどめています。今後、ようすを見ながらあせらず慎重に進めていく予定です。

 元気いっぱいやんちゃなアルンを1頭で育てるウタイは、時々息子に手を焼きやや強めに鼻ではたいたり、脚でアルンをどかしたりすることもありますが、アルンはまったくめげるようすがありません。特に、採食中のウタイはアルンが周囲で走り回るのを嫌うようなので、私たち担当者がアルンの遊び相手になることがあります。しかし、授乳が安定してから1日1kgのペースですくすく成長するアルンは、人が直接相手にするにはやや危険を感じるサイズになりつつあります。車の廃タイヤを用いた遊具などを設置して、遊び相手として一役かってもらっています。

 順調に成長しているとはいえ、まだ1歳にもなっていない赤ちゃんゾウです。幼獣のうちは感染症などで重症化しやすいため、まだまだ気は抜けませんが、今後の成長を私たちも楽しみにしています。

 続いて、「後編──今後のゾウ飼育」もぜひお読みください。

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(2021年08月09日)
(2021年08月12日:後編について追記)



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