上野動物園の両生爬虫類館で2018年10月10日、今年8月に孵化したニシアフリカコガタワニの子ども6頭を公開を始めました。子ワニたち誕生への道のりは、5月までさかのぼります。
2018年5月17日の夕方のこと。来園者のいなくなった静かな両生爬虫類館で、メスのワニが巣の上を歩き回ったり、巣材をいじったり、落ち着きなく動き始めました。このようすを見た私たちは「その時」が近いことを予感しました。その後、展示場にセットしておいた赤外線カメラの記録を確認すると、翌5月18日の18時から21時頃、いつもとは違う行動をとるメスが映っていました。暗闇の中で巣に座り込み、何度も何度も腰を動かしていたのです。それは、私たちが待ちわびた一年に一度の産卵の瞬間でした。
孵化したニシアフリカコガタワニ。2018年8月18日
産卵から3日後の5月21日、私たちは採卵に取りかかりました。孵化率を上げるために、卵を巣から回収して孵卵器に収容するのです。採卵作業は素早く慎重におこなう必要があります。自分が産んだ卵を守るために、母ワニは巣に近づく人に対して攻撃的になるからです。一方、産み落とされた卵はすぐに発生が始まるため、振動を与えると死んでしまう危険があります。
母ワニの攻撃を逃れるために早く巣から離れたい気持ちと、卵を揺らしてはいけないと思う緊張とで、卵を持つ手はかえって震えてくるのですが、スタッフ全員のチームワークのお陰で無事に卵を回収することができました。今年産卵した卵は全部で24個。そして8月13日から21日にかけて待望の子ワニが7頭孵化しました。ニシアフリカコガタワニの孵化は2年ぶりです(
2016年の孵化のニュース)。
子ワニ誕生に喜ぶ一方、私たちには気になることがありました。それは孵化率の低さです。今回産卵したペアはこれまで9回、合計185個産卵しましたが、孵化はわずか3回、13頭のみです。そこで、2016年から孵卵器の改良などに取り組み、数頭が孵化するようになりました。しかし孵化率は低いままです。
コガタワニの繁殖にはもうひとつ大きな課題があります。それは「オスの不足」です。現在日本の動物園で繁殖しているニシアフリカコガタワニのオスは、上野動物園の1頭だけです。しかし、解決の糸口となりそうな方法があります。それは、「オスが生まれる孵化温度を明らかにしてオスを増やすこと」です。
じつはニシアフリカコガタワニが属するクロコダイル科のワニの中には、卵を温めるときの温度で性別が決まる種が知られています。「温度性決定」というメカニズムです。ニシアフリカコガタワニがこのメカニズムをもつかどうかはまだわかっていませんが、温度を管理することでオスを孵すことができるかもしれないのです。
同じクロコダイル科のイリエワニは、30℃でメス、32℃でオスが生まれることがわかっています。また、孵化日数は、孵化時の温度が高いほど短くなるのですが、国内外の動物園で孵化したオスのニシアフリカコガタワニは、メスよりも早く孵化しています。つまり、オスはメスより高温で孵化する可能性があります。
展示場にデビューしたニシアフリカコガタワニの子
2016年に産まれた卵は、平均29.9℃で温めた結果すべてメスになりました。今年は半分を平均30.3℃、残り半分を平均32.2℃で温めたところ、それぞれ6頭と1頭が孵りました。残念ながら32.2℃から孵った子は未熟な状態だったため、まもなく死亡しましたが、残る6頭の子ワニたちは無事成長し、展示場にデビューしました。今年の12月頃には性別が分かるほど成長しているはずです。
ニシアフリカコガタワニは全国の動物園で繁殖技術の確立に向けて取り組んでいる希少なワニです。今後も、繁殖への挑戦は続きます。
・関連ニュース「
ニシアフリカコガタワニ、子ワニ公開!」 2016年12月23日
〔上野動物園は虫類館飼育展示係 齊當史恵〕
(2018年10月22日)