ツキノワグマは東アジア、南アジア、東南アジア、西アジアにかけて広く分布しています。日本でくらすツキノワグマは、本州と四国のブナやミズナラに代表されるブナ科の落葉広葉樹林に生息しています。以前は九州にも生息していましたが、絶滅したと考えられています。
そんなツキノワグマが人里に出没したというニュースを聞くことが、ここ近年で多くなりました。おもな要因は、林業や狩猟、里山を利用する人が減少し、ツキノワグマの人への警戒心が薄れたことや、人口減少や高齢化により、耕作放棄地が拡大し、クマが生息しやすい環境になってしまったこと、大切な食糧であるドングリが凶作であることなどが挙げられます。
このような状況をふまえて、2024年2月には、環境省から「
クマ類による被害防止に向けた対策方針」が発表されました。人の生活圏とクマ類の生息域の空間的なすみ分けをするために、緩衝地帯を作ること、クマの保護優先地域を作ることなどです。
また、2024年4月から鳥獣保護法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)の施行規則の一部が改正され、ツキノワグマ(四国の個体群を除く)とヒグマが指定管理鳥獣となりました。指定管理鳥獣になると、都道府県などによる集中的かつ広域的な管理の支援ができるようになります。
しかし、過度な捕獲がないように適切なモニタリングの実施が前提です。さらに、人材育成や普及啓発などをおこない、被害を減らすとともに個体群も保全するために、バランスの取れた支援が進められています。
現在、多摩動物公園で飼育しているツキノワグマの「ソウ」(オス)も、かつては野生個体でした。2007年に、おそらく母グマと別れたばかりの推定2歳のときに長野県で有害駆除個体として保護されたあと、上野動物園の「クマたちの丘」で約8年間すごし、
2015年に多摩動物公園に来園しました。
青草を食べるソウ
多摩動物公園での生活が始まって9年が経ち、高齢に差しかかるソウがこれからも健康にすごせるよう、さまざまなくふうをしています。日本には四季があり、ツキノワグマもその変化にあわせて生活しています。そのため飼育下でもえさの量や内容は季節ごとに変えていて、できるだけ旬の食べ物を与えています。
たとえば、春には園内で採れたタケノコ、夏にはブルーベリー、秋にはカキやドングリ、クリなどさまざまです。また、移動しながらえさを探して食べる行動を引き起こすために、運動場のいろいろな場所にえさを隠しています。なるべく食べるのに時間がかかるよう、小さな穴を開けた竹の筒にえさを入れて与え、うまく転がさないとえさが出てこない仕組みにしています。
そのほか、自発的に体重計に乗ったり、採血のために檻の格子越しに指を出したりするトレーニングなど、ふだんの観察に加え、獣医学的な健康管理もしながら飼育をしています。
竹の筒を転がすソウ
実際に多摩動物公園でソウを見て、生きたツキノワグマの姿を体感し、彼らが日本の森にくらしているということを知っていただきたく思います。そして、ツキノワグマと人が安心してくらしていける日本であり続けてほしいと願っています。
〔多摩動物公園南園飼育展示第2係 鈴木〕
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