多摩動物公園のキリンのメス「ユウヒ」(
2020年11月25日生まれ)が、2024年6月19日に
福山市立動物園へ移動しました。これまで多摩動物公園では110頭以上のキリンを国内外の動物園に搬出してきましたが、今回は
2022年の秋に引越しを終えた新しいキリン舎で初めての搬出でした。
キリンの搬出を安全におこなうために大切なことはいくつかありますが、そのひとつが、搬出する個体の性格を考慮したうえで、輸送箱に入るための馴致(慣らし訓練)を余裕をもっておこなうことです。キリンは警戒心が強い動物ですが、あらかじめ輸送箱に入ることに慣れ、輸送箱の中が安全だと理解してもらうことで、搬出当日に輸送箱に入ったあとも暴れたりせず、落ち着いた状態でいてくれるのでけがや事故を防ぐことができます。
今回、馴致に3週間かけることとしました。まず群れと別の小放飼場(以下「隔離パドック」)に搬出する個体を分けます。最初の1週間は、群れから隔離されることと、1頭ですごす部屋(以下「隔離室」)に入ることに慣れてもらいます。この期間、隔離室の扉は終日開放とし、隔離パドックと隔離室は自由に行き来できるようにします。隔離室の扉前に輸送箱を設置したあと、2週間かけて輸送箱に入る練習をします。そして搬出当日に輸送箱に入ったところで扉を閉めて、クレーンで釣り上げ、トラックに載せて搬出します。
旧キリン舎では、搬出する個体を安心させるために、落ち着きのある成獣1頭と同居させて隔離パドックや隔離室に入る練習をしていました。成獣は隔離されることに抵抗がない個体が多く、その中でも特に落ち着きのある高齢個体を選んで同居させていました。
旧キリン舎の隔離パドックは、群れと柵越しに交流できる場所が少ないため、群れから分けられることに対する不安感や警戒心が解けにくかったようです。そこで、搬出個体が落ち着きのある成獣を見習いつつ隔離パドックや隔離室でえさをいっしょに食べられる環境を用意し、警戒心を和らげていました。
一方、新しいキリン舎の隔離パドックは大部分が群れのすごす大放飼場に面しており、群れと柵越しに交流しやすくなっています。そのため、1頭で隔離されることへの不安感が少ないだろうと考え、今回新しいキリン舎では搬出するユウヒ単独で馴致をおこなってみました。
群れから分けた直後は隔離パドックを不安そうに歩き回っていましたが、翌日の朝にはパドックの柵越しに群れと交流しており、落ち着いたようすですごしていました。隔離されることに慣れた頃合いに輸送箱を隔離室の扉前に設置しました。その当日は、扉を開けると10分ほどで自ら輸送箱の中に入り、その後も出入りを繰り返していました。輸送箱の中から外に頭を出すと、群れと交流できるため安心してくれたようです。

輸送箱の中から柵越しに群れと交流するユウヒ
(2024年6月5日撮影)
旧キリン舎での輸送箱の馴致では、キリンが輸送箱の中にいる状態で扉を閉めるのは搬出当日の1回のみで、馴致中に飼育係が隔離室内の清掃をおこなうときは、キリンが室内と輸送箱を行き来できる状態のままおこなっていました。
今回ユウヒの輸送箱の馴致では、ほとんど毎日、ユウヒが輸送箱の中にいる状態で扉を閉めることができました。旧キリン舎での馴致は、輸送箱の中に入ることを慣れさせるための練習でしたが、今回は輸送箱に入ることと、入ったあとに扉が閉まることに慣れさせるための練習をすることができました。
隔離室内の清掃をおこなうときは、隔離パドック側からシラカシの枝葉で飼育係が誘導すると自ら輸送箱内に入り、そのタイミングで隔離室の扉を閉めることにより、安全に隔離室の清掃をおこなうことができました。ユウヒは輸送箱内ですごすことに抵抗を見せず、清掃中も落ち着いてていました。馴致の時間帯には大放飼場に群れがいたので、ユウヒも安心できたのではないかと思います。

隔離室ですごすユウヒ(2024年6月14日撮影)
飼育担当者の心配をよそに、単独での馴致はとても順調でした。新しいキリン舎の隔離パドックや隔離室は、構造上キリンの搬出作業に適していたようです。今回ユウヒは1頭だけの馴致でしたが、警戒心が解けるのに時間がかかりませんでした。

出発直前(2024年6月19日撮影)
搬出当日、輸送箱の扉を閉めた直後のユウヒは落ち着かないようでしたが、飼育係がシラカシの枝葉を与えるとすぐに食べ始め、完食しました。最後まで落ち着いた態度のユウヒの姿を見て、安心して送り出すことができました。
ユウヒは翌日朝5時に福山市立動物園に到着し、搬入作業時には自ら室内に入ったと連絡を受けました。搬入当日はえさをほとんど食べなかったそうですが、翌日には勢いよく食べ始めたそうです。移動先でも落ち着きぶりを発揮し、新しい環境に慣れてくれることを祈っています。
〔多摩動物公園北園飼育展示係 塩澤〕
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