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保全と栄養
 └─ 2024/05/10
 野生生物保全センター(以下保全センター)の再編と新たな取組みについては、昨年5月に「野生生物保全の推進に向けた新たな取組み」で紹介しました。組織の再編から約1年が経ち、さまざまな取組みが始まっています。今回は、新たに取り組み始めた研究分野のひとつである動物栄養学について、保全との関わりという視点から紹介します。

 栄養学とは、人を含む生きものが生命活動のために摂取した物質と生きものの体との関係をあきらかにする学問です。とりわけ人以外の動物を対象とするものを動物栄養学といいます。えさに含まれる物質や栄養バランスへの理解を深めることも動物栄養学においては重要な視点といえます。

 これまで動物栄養学はおもに家畜やペットを対象として発展してきましたが、近年では動物園や水族館で飼育されている野生動物にも適用されることが増えました。その背景には、飼育動物の生活の質を向上し、心身ともに健康な状態を保つ取組みが普及してきたことがあります。

 よりよい飼育を実現するためには栄養管理が重要であることは明白ですが、保全と動物栄養学には何のつながりもないように思えます。しかし、実際はどうでしょうか?

 保全が必要な動物のなかには、その生態があきらかになっていないものも少なくありません。そのような動物では、野生で食べている生きものや植物に関する情報を集めることも重要です。そして、それらがなくならないように守っていくことは保全活動の基礎的な取組みとなります。また、絶滅の危機に瀕している動物を適切に飼育し、飼育下繁殖させることは保全を支える重要な取組みのひとつです。

 しかし、飼育下で安定的に給餌するためには、おもに人が食べる作物を利用せざるを得ません。それらの食品を使って適切な飼育を実現するためには、科学的根拠にもとづいた栄養管理が大切です。常に最適な栄養をさまざまな飼育環境で与えるために、ときには人工飼料開発に取り組むこともあります。

 実際、都立動物園が過去に開発したトキ用の人工飼料は、えさ由来の寄生虫の問題を解決し、えさの安全確保につながりました。この人工飼料は現在も使用されていて、トキの計画的な繁殖と生息地への放鳥に役立っています。このように、保全を進めるうえで動物栄養学が貢献できることはたくさんあります。


都立動物園が中心となって開発したトキ用の人工飼料(右)
トキを適切に飼育飼育するための大事なえさです

 世界的に動物園や水族館での飼育にも動物栄養学が適用されるようになりましたが、まだわからないことがたくさんあります。保全センターでは、今までの研究分野に加え、今後は動物栄養学における研究からもさまざまな知見を精力的に収集し、広く伝えることで保全を支えていきます。

〔総務部野生生物保全センター研究係 伊藤〕

(2024年05月10日)



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