ニュース
毛づくろいで仲直り?──ヒマラヤタールの群れ社会
 └─ 2022/01/03

なかまを毛づくろいするヒマラヤタール

 今日は、ヒマラヤタールの謎多き「毛づくろい」のお話です。あまり知られていませんが、ヤギに近縁のヒマラヤタールには、おとなのなかまどうしで毛づくろいをする習性があります。

 こちらの動画は、ヒマラヤタールのメスどうしの毛づくろいのようすです。「イエロー」が「リサ」を毛づくろいしています。リサは気持ちよさそうに毛づくろいを受け、その後、イエローを毛づくろいしました。相手の顔や首など、自分では毛づくろいできない部位を舐めてやることが多いです。


【動画】ヒマラヤタールのメスどうしの毛づくろいのようす

 「なかまどうしの毛づくろい」と聞いて、すぐ思い浮かぶのはニホンザルです。サルの毛づくろいは、体をきれいにするだけでなく、一種の愛情表現とも言われますが、ヒマラヤタールでは詳しくわかっていません。

世話焼きお婆ちゃんの死

 2020年10月、ある事件が起きました。先の動画にも登場した、イエローというお婆ちゃんが死亡したのです。状況から、群れの誰かに攻撃されたと思われました。ヒマラヤタールの群れには上下関係があり、闘争がエスカレートすると、時々このようなことが起こるのです。

 イエローは、晩年は群れのメスたちをよく毛づくろいする世話焼きお婆ちゃんで、死亡する直前にもメスたちを毛づくろいしていました。

リサの謎の毛づくろい

 驚いたのは、イエロー死亡後のリサの行動でした。リサはほかのメスを執拗に追い回すようになり、その直後、なんと追い回していたメスを毛づくろいしたのです。敵対と柔和が次々と変わるリサの行動は、とても不可解でした。

 この闘争は2ヵ月経っても収まらず、最後はリサが群れのメスたちから反撃されるようになったため、やむなくリサを別の場所に移動して事態を収拾することとなりました。

毛づくろいで仲直り?

 いったい、イエローとリサはどのような気持ちで毛づくろいをしていたのでしょうか?

 ヒマラヤタールの毛づくろいについての詳しい研究は見つからなかったので、家畜ヤギについて調べてみました。すると、「家畜ヤギは、毛づくろいなどでケンカを和解する」という報告を見つけました(Schino,1998)。ヤギの群れでは、厳しい上下関係のなかで闘争が起きるが、「闘争後に毛づくろいなどをすることで、興奮や不安を軽減する」というのです。

 この説をイエローとリサに当てはめてみると、2頭は、群れのなかの緊張を静めようと、メスたちを毛づくろいしていたということになります。しかし、残念ながらどちらも受け入れられず、失敗してしまったのです。

 なぜ、どちらもうまくいかなかったのか? 本当に毛づくろいで仲直りできるのか? まだまだ多くの謎が残ります。

 このなかまどうしの毛づくろいは、隣のムフロンでは見られません。おそらく、ヒマラヤタールが持つ上下関係の習性から生まれた社会行動なのでしょう。ヒマラヤタールたちの毛づくろいを見ていると、彼らが生きる群れ社会の厳しさに思いを馳せずにはいられません。


【動画】興奮して跳び回った後、互いに毛づくろいし合うヒマラヤタールのメス。この2頭はこの後、興奮が収まった(動画はリサとは別のメス)。

〈引用文献〉
G. Schino (1998) Reconciliation ㏌ domestic goats. -Behaviour 135: 343-356.


〔多摩動物公園南園飼育展示係 齊當〕

(2022年01月03日)



ページトップへ