前回お伝えしたムフロンの“おっぱい泥棒”について、今回は、被害者「ウルイ」の立場から、その真相を探ります。
・前回の記事:
おっぱい泥棒パルタ──お乳を盗むムフロンの子ども(2020年9月22日)
検証① 本当に泥棒?
まず私は、「ウルイは本当におっぱいを盗まれたのか?」を検証することにしました。母親ではないメスのお乳を飲んだから泥棒、と決めつけるのは、少し軽率です。なぜなら、哺乳類の一部に血縁者が子の世話を手伝う「ヘルパー」の存在が知られているからです。
そこで、パルタとウルイの血縁関係を調べると、パルタから見てウルイは、「いとこおば」ということがわかりました。つまり、パルタの母親「ミミ」とウルイは「いとこ」だったのです。一見、泥棒のように見えたパルタの行動は、じつは泥棒ではなかったのでしょうか?
検証② おっぱいを分け与えた?
ウルイはおっぱいを泥棒されたのか? それとも分け与えていたのか? その答えが隠された動画があります。じつはすでにご紹介した、前回のおっぱい泥棒の動画です。
【動画:2頭のムフロンの子が1頭のメスの乳を飲んでいる】
動画右側の子どもがパルタです。パルタがお乳を飲むときの位置にご注目ください。ウルイの子どもがウルイの「脇腹」で飲んでいるのに対し、パルタは「股の間」で飲んでいます。このことについて、小長谷有紀さんは、〔乳を盗み飲もうとする子どもは〕「母畜に匂いを嗅がれると頭突きをされるので、下腹部にもぐりこむことは避けて、臀部からもぐりこもうとする」と述べています。私が見ているかぎり、パルタはいつもウルイの股の間からお乳を飲んでいます。これは、パルタがおっぱい泥棒を企てている動かぬ証拠です。やはり、「パルタはおっぱいを盗んでいる」と考えるのが妥当のようです。
ウルイのお乳を飲むパルタ。その位置に注目
検証③ どうしておっぱいを盗まれた?
それではなぜ、ウルイはおっぱいを盗まれてしまったのでしょうか? じつは、ウルイは最初からおっぱいを盗まれていたわけではありません。出産直後のウルイはパルタに対しておっぱいを死守していました。しかし、産後10日目ごろ、ウルイは体調を崩し、自分の子どもにさえも授乳を拒むようになりました。授乳拒否から約20日後、再び授乳するようになったウルイにパルタが忍び寄り、“おっぱい泥棒”が始まりました。
このことから私は、「体調不良が原因で、泥棒を追い払う体力がなく、おっぱいを盗まれた」というのが、事の真相ではないかと考えました。その根拠として、授乳再開後のウルイは、子どもの体の匂いを嗅ぐ行動が“手抜き”になった印象があります。
パルタ(左)とウルイ(右)。2頭の関係やいかに
今のところ、私が観察できたのはここまでです。なぜ、双子のうちパルタだけが泥棒に成功したのか。母親のお乳があるのに、なぜウルイにも手を出したのか。おっぱい泥棒の真相まだ謎ばかりです。
引用文献:小長谷有紀(1999)「モンゴルにおける出産期のヒツジ・ヤギの母子関係への介入」、民俗学研究
〔多摩動物公園南園飼育展示係 齊當史恵〕
(2020年10月16日)