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おっぱい泥棒パルタ──お乳を盗むムフロンの子ども
 └─2020/09/22

 2020年6月、私はムフロンのある衝撃的な行動を撮影することに成功しました。


【動画:2頭のムフロンの子が1頭のメスの乳を飲んでいる】

 動画は2頭のムフロンの子どもがお乳を飲む、ごく平凡な光景にも見えます。しかし、ここには驚きの事実が隠されているのです。じつは、画面右の子どもは、このメスの子どもではありません。つまりこの動画は、“おっぱい泥棒”の決定的瞬間なのです。

 おっぱい泥棒の名は「パルタ」。2020年5月20日、「ミミ」が産んだ双子のオスのうちの1頭です。パルタは兄弟とともに母親のお乳をよく飲んですくすくと成長していました。パルタ誕生の3日後、ウルイというメスがオス1頭を出産しました。このウルイがのちにおっぱい泥棒のいわば“被害者”となるメスです。

 パルタがウルイのおっぱいを狙っているのに気づいたのは、生後20日ごろのことでした。しかし、私はこの犯行は“未遂”に終わるだろうと見ていました。なぜなら、パルタ以外の子どもでも、他人のメスのお乳を狙う行動がよく観察されていましたが、いつも失敗に終わっていたからです。母親がそれに気づき、子どもは激しく追い払われていました。

 ヒツジのことが詳しく書かれた本には、このことを裏付ける記述があります──「分娩直後、母羊は匂いに対する感受性が高まり、子羊の羊水を舐めるなどで匂いを記憶し、自身の子と他の子とを識別する。この時期に子を母から離してしまうと、保育させることは極めて困難になる」(田中智夫編『ヒツジの科学』より)。

 つまり、母親が他人の子どもにお乳をやらないことは、ヒツジの世界では常識なのです。そして、ヒツジの母親は自分の子どもを“匂い”で見分けているようです。ムフロンも授乳中の母親は子の匂いをよく嗅ぎます。しかし、ときどき誤って自分の子どもを追い払うことがあるのは興味深いことです。ヒツジの視力は0.1~0.2ほどと言われ、目はあまりよくないようです。


【動画:自分の子に授乳した後、他の個体の子を追い払うメス親。その後、自分の子を
追い払いかけて匂いを確かめ、他の個体の子だけを階段下まで落とした】

 また、授乳中の母親は痩せたり、毛並みが悪くなったりします。授乳は母体にとって大きな負担なのだなと感じます。そのことからも、ウルイが他人の子どもにお乳を与えることはないだろうと、私は考えていました。しかし、パルタは違いました。ウルイにどんなに追い払われようと、ウルイを追い続け、ついに吸い付くことに成功、その後もおっぱい泥棒は続いています。


手前左がパルタ

 ここまで、“泥棒”という人聞きの悪い言い方をしてしまいましたが、他人のメスのガードをものともせず、美味しいおっぱいにありつくことに成功したパルタは、とてもたくましい個体といえるでしょう。なぜ、パルタは泥棒に成功したのか? 2頭のメスからお乳をもらうパルタは、他の子よりもよく成長するのか? “おっぱい泥棒”パルタから今後も目が離せません。

〔多摩動物公園南園飼育展示係 齊當史恵〕

(2020年09月22日)


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