昨年(2019年)、多摩動物公園ではムフロンが2頭誕生しました。すくすく育った子どもたちは来園者の方々の注目を集め、放飼場の前では「かわいい!」という声も聞こえてきます。そんな反響がうれしい反面、私にとってムフロンの子の印象は少し異なっていました。子のたくましい姿を目のあたりにしてきたからです。とくにオスの「ボナ」は日中に生まれ、誕生の一部始終を観察することができました。
ボナ誕生のようすはこちらでお伝えしました(記事「
ムフロン『マル』の出産──陣痛に耐えて」)
ボナが生まれた日の手帳にはこう記されています──「14:50 出産、15:12 起立、15:40 何度も乳を吸う、15:43 起立しっかりしてきた」。出産後わずか20分ほどで立ち上がり、1時間たらずで自力でお乳を飲み始めました。人間にくらべると驚くほど早いスピードです。また、母親は子の体を舐めるくらいの行動しか見せず、人間のように手取り足取り世話をすることはありませんでした。
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2019年7月2日14:50ごろ、出産直後。ボナは羊膜に包まれている | 同日15:40ごろ、出産後1時間も立たないうちに起立し、自力でお乳を飲む |
私はボナの成長をパネルにまとめ、展示施設の前に設置してムフロンという動物の特徴を伝えることにしました。パネルには「初めて立ち上がった日時」「初めておっぱいを飲んだ日時」「初めて反芻した時期」など、ボナの成長を記しました。
ボナの成長履歴の紹介パネル
この記録を通じて「ムフロンの子どもは人間よりも発達した状態で生まれてくること」「人間と同じくお乳で育つこと」「おとなになると草を食べて反芻する反芻動物であること」など、ムフロンの一般的な特徴がわかります。ボナという一個体の成長からムフロンという動物を知ることにつながるはずです。ムフロンの一般的な生態を解説するよりも、今そこにいるボナという個体に注目したほうが伝わると考えたのです。アメリカの動物園に子ゾウの成長を紹介するパネルがあり、ゾウの一般的な生態を伝えるのにも役立っているという事例を聞いて参考にしました。
パネル掲示後、来園者の方から「生まれて22分で立ってるよ!」(男性)、「意外と早い!」(女の子)といった驚きの声が聞かれました。これまでになかった反応です。さらに効果を検証したいと思います。
〔多摩動物公園南園飼育展示係 齊當史恵〕
(2020年01月17日)