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アムールトラ「シズカ」の出産、そして生まれた子「ショウヘイ」の人工哺育
 └─2019/04/22

 2019年1月29日、多摩動物公園でアムールトラの「シズカ」が出産しました。じつに8年ぶり、12歳という年齢での出産は世界的に見てもかなりレアなケースです。正直、生まれるまで、担当の私も偽妊娠を疑っていました。

 昨年秋、シズカをオスの「アルチョム」と同居させたのは、若いアルチョムをベテランのシズカに鍛えてもらうためでしたが、結果として妊娠し、出産にいたったのは予想外でした。とはいえ、シズカの体や行動に変化が見られたので産室は用意していました。

 シズカは実績のある母親です。出産当日は苦しんだ印象がありましたが、子に無事哺乳したのを見て安心していたのですが……。翌日夕方、シズカの意識が子どもから離れることが気になり、産室内を確認したところ、生まれたのは3頭。しかし1頭はすでに死亡しており、1頭は虫の息でした。もう1頭だけは元気な声を上げて動いています。体力はまだあるようです。すぐ私は麻袋を敷いた段ボールを用意し、3頭を入れて病院へと走りました。

 一刻の猶予もない緊急事態です。私と病院係長の2人で、生きている2頭をお腹に直接あてるように抱え、体温で温めました。1時間後に哺乳したところ、鳴き声を上げていた子(オス)は元気を取り戻してミルクを飲みました。ところが、虫の息だったメスの子はミルクも飲まず、体調も思うように回復せず、残念ながら翌朝死亡してしまいました。

 解剖の結果、死亡したメス2頭は、重度の脳内出血が起きていました。母親の出産が8年ぶりだったために産道が硬くなり、子の大きな頭部を強く圧迫してしまったようです。過去の出産は夜間や早朝だったのに今回日中になったのは、難産のため時間がかかったのだと思われます。シズカも過去に見たことがないほどに苦しそうな表情をしていました。先に生まれた2頭が産道を拡げてくれたために最後のオスはするりと出てきて助かったのでしょう。2頭の姉の冥福を祈るとともに、弟を助けてくれたことに感謝します。


左:2019年3月20日、右:2019年4月8日

 オスの子の体重は比較的順調に伸びていきましたが、他の2頭と同様、頭や体が圧迫された可能性は十分あります。哺乳開始当初はやたらと大声で鳴いて暴れたり、首が傾いていてまっすぐに歩けなかったり、気になることは多かったものの、脳の検査で大きな異常は見つかりませんでした。やがて成長とともに落ち着きも出て、首の傾きなどもなくなりましたから、出生時に圧迫されて痛めていた患部が回復したのかもしれません。

 多摩で生まれたアムールトラ(他園から来た個体は含まず)は歴代、そのときに活躍しているアスリートにちなんで命名しています。今回のオスは満場一致で「ショウヘイ」に決まりました(もちろん大谷翔平選手)。4月10日現在、体重は10㎏を超え、細かくした馬肉や鶏頭も日に250gほどを食べるようになりました。

 人工哺育の最大の課題は、「『その動物』に戻すこと」です。人工哺育で育てた個体は、ミルクやえさを与える人間を母親のように慕い、飼育係を人間のように思ってしまいます。自分を慕ってくれる動物はかわいいものですが、そこは心を鬼にして突き放し、「その動物」であることを思い出させるようにしなければなりません。それをしないと、人間にしか興味がない、本来とは異なる性格の個体になり、繁殖能力もなくなって、多くの場合、他の個体から煙たがられて一生を終えることになってしまいます。そうならないためにも、哺乳回数もなるべく減らし、成獣たちがいるトラ舎へ4月下旬には移動する予定です。公開日が決まりましたら後日お知らせします。


【動画】アムールトラ「ショウヘイ」の成長記録(2019年1月29日〜4月10日)


※出産(1月29日)から現在(4月10日)まで、ショウヘイの成長記録を動画にまとめてみました。やや長めでますが(10分10秒)解説も加えました。興味のある方はじっくりとご覧ください。

〔多摩動物公園飼育展示課南園飼育展示係 熊谷岳〕

(2019年04月22日)


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