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遊んでいるわけではないのです──トウキョウトガリネズミ「手乗りくん」への期待
 └─2019/03/15

 多摩動物公園の「モグラのいえ」では、モグラだけでなく、北海道に生息しているトガリネズミも展示しています。北海道の本土にはエキノコックス症を引き起こす寄生虫がいるので、それを回避するために無人島で採集をしていますが、採れるのはオオアシトガリネズミとトウキョウトガリネズミです。2種の姿はよく似ていますが、トウキョウトガリの体重はオオアシトガリの約1/5で2gくらいしかありません。

 難しいのが雌雄の判別です。採集時にはわからないので東京に持ち帰り、体毛を抜いて皮膚のDNAを解析してやっと判明します。繁殖を目指しているので雌雄比は重要です。しかし、どうやら使っているワナの性質上、トウキョウトガリネズミはオスが多く捕獲される傾向があるようです。今年は例年よりも多い6頭を持ち帰れたので期待しましたが、残念ながら雌雄比は1:5でした。


 展示に出すのは基本的に1頭です。繁殖のための同居は、温度と照明時間を調節しているバックヤードでおこないますが、メスが1頭しかいないので1ペアしか作れません。他のオスたちをこのままひっそり飼っているのはもったいないので、ひそかな実験を始めました。

 今までの個体を見ていて気づいたのは、飼育開始当初は人を怖がらないのに、一定期間が経つと怖がるようになることです。体長が2センチしかない彼らにとって、人間は大きすぎて外敵という概念すらないようで、自分がくらしている飼育ケースに入ってきて作業をする「手」をひとつの生き物というような認識で見ているようです。ピンセットで糞を取ったり、餌皿を交換したりする「手」が自分たちに影響力を持っていることを知ると、作業時に怖がって姿を見せなくなるようなのです。

 しかし、最初のうちは警戒心がないので、むしろ作業時に興味をもって現れ、ピンセットの先に触れたり、手のにおいを嗅ぎにきたりします。ためしに手のひらを差し出してみたところ、においを嗅ぎながら躊躇なく乗ってきました。そこで、毎日の作業時に同じオス1頭を手のひらに乗せるようにしました。人(手)に慣らすことでどんなメリットとデメリットがあるのかを調べることにしたのです。

 手乗りにした個体とそれ以外の個体との差は明らかでした。手乗りくんは作業時に怖がることなく出てきますが、他個体は10日ほどであまり姿を見せなくなりました。試しに手乗りくんを展示に出してみたところ、明らかに過去の個体とは違う伸び伸びとした動きが観察されました。作業する手に慣らすことで恐怖心がなくなり、展示効果が上がるというのは意外な収穫です。今も手乗りくんを展示水槽に出しているので、清掃後に手のひらに乗せているところを見られるかもしれません。

手のひらに乗るトウキョウトガリネズミ

 何気なく始めたことではありましたが、これは展示効果だけでなく、さらに大きな収穫に繋がるかもしれません。トウキョウトガリネズミは雌雄同居をおこなってはいますが、いまのところ繁殖にはいたっていません。野生捕獲個体なので本来の行動のポテンシャルを発揮できず、それが繁殖に繋がらない一因かもしれません。与えられた飼育環境を怖がらない個体どうしをいっしょにすれば、繁殖の成功率が上がるはずです。来年はぜひとも手乗りくんと手乗りちゃんのペアで繁殖を成功させてみたいと今から意気込んでいます。

〔多摩動物公園南園飼育展示係 熊谷岳〕

(2019年03月15日)



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