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シカの王位は誰の手に? 繁殖期を迎えたヤクシカたち
 └─2015/10/09

 「フィーョー」「フィーョー」「フィーーョーー」

 今年(2015年)8月中旬、まだ暑さも残る中、多摩動物公園の園内に甲高い声が響き渡りました。これはヤクシカ(ニホンジカの亜種)が発情期(9〜11月頃)を迎えたオスが縄張りを主張する声です。


雄叫びをあげるヤクシカのオス「縄文」

 少し早めの縄張り宣言をしたのは、今年10歳になる「縄文」でした。ヤクシカには個体識別のためのマークを耳につけています(耳標)。縄文は従来、耳標によって「黄三角」と呼ばれていましたが、来園者の方に愛着をもっていただくため、全22頭に名前をつけました。オスには屋久島に生育する屋久杉の名前、メスは屋久島で栽培されている果物にちなんだ名をつけました。

 群れの中での社会的な順位が第一位のオスを縄文杉にちなんで「縄文」、昨年の繁殖期の終わりに一位になったオスを大王杉にちなんで「大王」と呼んでいます(大王の耳標は紫三角)。ちなみに縄文はオスの中で一番大きな角をもつ個体です。他の個体の名前も動物舎前に掲示してあるので、ごらんください。

 発情期に入ると、穏やかに過ごしていたオスたちに明らかな変化が現れます。太くなった首のまわりには長い毛が生え、体は夏毛の白い斑点模様が消えてこげ茶色に変わります。発情したオスは泥浴び場にやって来て座り込み、自分の尿をまぜた泥を角や体にぬりたくります。

泥浴びをする「縄文」
角の突き合い

 自分より弱いオスを見つけると、ブッブッブッという音を出しながら歯をむき出しにして首を上にそらせ、自分の強さをアピールします。角の突き合いが始まると、一方が負けを認めて逃げ出すまで続きます。そして勝ち抜いた一番強いオスだけがメスを独占することができます。メスは2週間に1度発情し、交尾を受け入れる期間はたったの24時間しかありません。そのためオスはメスの後をついて回り、尿などのにおいから必死にその日をかぎわけて交尾をします。


追う「縄文」と逃げる「大王」

 縄文が頭角を現し始めたのは昨年のことです。同位のオスたちを次々と倒し、ついに最上位の座に君臨したのです。しかし、それも長くは続かず、繁殖期も終わりに差しかかった2014年11月中旬、一夜にして大王にその座を奪われてしまいました。一位になったオスは発情しているメスを探すと同時に、他のオスがメスに近づかないよう追い回す必要があるため、繁殖期の終わりには大分痩せてやつれてくるのです。大王はその隙を狙ったようです。

 そのような経緯もあり、今年の縄文には絶対に一位の座を守りきるぞという気迫が感じられます。9月末の時点では縄文が一位のオスのようで、縄文が首をのけぞらせながら「グググググー」と威嚇音を出して近づくと、他のオスたちは闘いを避け、「キュイーン」と弱々しい声を出しながら一目散に逃げていきます。一方、大王も日々発情が高まっているようで、群れから離れたところでひっそりと角磨きや泥浴びをおこない、1日に何度も雄叫びをあげるようになってきました。縄文と距離を置いているのは、無駄な闘いを避け、縄文を倒すその日を虎視眈々と狙っているようにも見えます。さて、今年の鹿の王者は縄文か大王か、はたまた他の新参者か、オスたちの闘いの結末を見守ってください。

〔多摩動物公園南園飼育展示係 下川優紀〕

(2015年10月09日)


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