ニュース
苦労猿(人)、チンパンジーの「ケンタ」
 └─2014/10/17

 多摩動物公園にいる21頭のチンパンジーを率いるのは、34歳になるオスの「ケンタ」です。ケンタは1982年、外部から新しい血統を導入するとともに、次期リーダー(アルファオス)候補として北海道の円山動物園からやってきた個体です。

 当時の群れのリーダーは「ジョー」でした。ジョーはその統率力と繁殖力で多大な功績を残しました。ジョーは1998年に死亡しましたが、ジョーの血をひく子どもたちは今でも各地の動物園で生活しています。

 ケンタは1歳9か月のときに母親と別れ、多摩動物公園に来園しました。まだ母親を必要とする時期の幼いケンタを1頭で群れの中に入れるのは、多くの危険が予想されました。

 そこで綿密な計画を立て、おとなのメスの中から「養母」を選ぶことにしました。候補は3頭。1頭目は「ジェーン」(ケンタと交替するかたちで円山動物園に行ったオスの「トニー」の母親)。2頭目は群れの中でも順位が高く、出産経験のある「ミミー」。そして3頭目は多くの出産を経験した子育てのベテラン「ジャーニー」です。

 3頭と個別に見合いと同居をおこなった結果、ケンタはミミーとの相性がいちばんよかったため、私たちも大きな期待をもちました。

 そしてとうとうケンタがミミーといっしょに群れに入った日、無事に夕方を迎え、室内に入る時間になりました。ところがてっきりミミーといっしょに帰ってくるはずのケンタの姿がなく、ミミーはなぜか1頭で帰ってきました。「ケンタは?」と不思議に思い、ふとシュート(動物用通路)内を見ると、出産経験のない「ベロ」の背中にケンタの姿があり、予想外の事態に驚きました。ベロは落ち着いていて、ケンタを嫌うようすもありません。そこでそのまま室内に入れました。室内でえさを好きなように食べているケンタ。そのようすをベロは横でじっと見ています。

 それからケンタとベロの新生活が始まりました。運動場ではベロがケンタに終日寄り添っています。他の子どもたちから強引に遊びに誘われるケンタを守るかのように、ベロが体を入れてかばう姿も観察されました。

 成長とともに体もたくましくなり、力をつけてきたケンタは、ジョーやラッキーとリーダー争いを幾度となく繰り返し、そのたびに骨折や深い傷を負い、苦い経験をしてきました。

 そしてついにジョーの跡を継ぎ、リーダーとなったケンタ。群れ内のトラブルを仲裁したり、子どもの遊び相手になってやったり、気遣いや心配りは忘れません。ときには仲裁をめぐってメスたちに追いかけられることもありますが、リーダーとしての立ち振る舞いも、さまになってきたように感じます。

 あるとき私は、ケンタの部屋の前に座り、ケンタの顔を見ながらこう話しかけたときがありました──「お互い、白い毛が目立ってきたな、ケンタ! まだまだがんばれよ、体を大切にして長生きしな」。

 多磨動物公園のチンパンジーに会いに来たら、体が大きくて、毛が薄い四角い顔をした赤ら顔のケンタを探してみてください。

写真上:ケンタ(1983年)
写真中:ベロ(左)とケンタ(1983年)
写真下:間近に見る最近のケンタ

〔多摩動物公園北園飼育展示係 島原直樹〕




ページトップへ