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ホンドテンが顔を出す──野生動物の能力の裏側
 └─2016/05/06

 4月に入ると飼育係は担当動物が変わることも少なくありません。さながら新学期を迎える学校の先生といった心境でしょうか。私も2016年4月からテン舎の担当となり、6頭のホンドテンとの交流が始まりました。

 ホンドテンの観覧エリアは6つあります。彼らは日中それぞれの巣箱の中で過ごすので、来園者がその姿を見かけることは少なく、立ち止まる人もまばらでした。「彼らの活発で俊敏な行動や季節によって変化する毛の色など、文化園のホンドテンの魅力は十分に伝えられていなかもしれない」と考え、彼らの能力をうながしつつ、来園者の方が興味をもって観察できるよう、展示に変化を与えてみました。

 まずは使っていない余分な巣箱を撤去し、空いたところへ植物を植え、立体的に行動できるよう倒木を複数組み合わせて設置しました。網につかまって移動することもあるので、空間的な広がりがもてるよう、天井の網からは枝を吊るし、昇り降りができるようにしました。さらに巣箱の出入口を開放し中のようすが観察できるようにしましたが、木の洞を入れたり、倒木などを使って隠れられる場所を作ったり、ホンドテンたちが安心して休息できるスペースも確保しました。

改良したホンドテン舎
木の洞で眠るホンドテン

 そうした改良の後、ホンドテンを展示スペースに出してみました。するとどうでしょう。倒木を駆け上り、ときには後ろ足だけで立ち上がる特徴的なようすも観察できるようになりました。また、日中巣箱に入っていることが多かったホンドテンの行動は、上下左右へと多様な拡がりを見せるようにしました。

 しかし4月20日をすぎたある日のこと、巣箱を置いている台の板張りと地面のわずかなスペースに潜り込んでしまうホンドテンが現れました。「野生動物は本当にすごい、安心できる場所をすぐに見つけ出す……」と感心しながら数日ようすを見ていたのですが、とうとう以前と同様、姿を観察できる時間が少なくなり、来園者の方々が立ち止まる時間も減っていきました。

 何とか背中だけでも見られれば、私たち飼育する側も状況を確認できるだけでなく、来園者のみなさんもきっとホンドテンの姿に目を止め、立ち止まってくれるはずです。

 そこで、黄金の毛が見え隠れするよう、板に穴を開けることにしました。この穴から顔を出し、あたりをうかがう行動が見られるかもしれません。4月26日の午後、板張りの一部に直径15センチほどの穴を開けました。初めは警戒して寄りつかず、しばらくすると板の下に潜り込みましたが、やがて尾や背中の毛などが見えるようになり、穴から顔を出す姿が見られるようになりました。

板張りに穴を開けてみると……
穴から顔を出したホンドテン

 ちょっとした創意工夫で動物たちの生態を引き出すことができる、これぞ飼育係の醍醐味です! ホンドテンのこの行動は、午前中の掃除の時間や15時すぎのえさの時間、そして閉園間際の人が少なくなったときに多く見られます。

 すぐに見られないこともありますが、もし背中が確認できたら、彼らの習性を利用し、足踏みをしたりや声を出したりして、まず人間の存在をホンドテンに気づかせ、その後少し静かにしていると、あたりをうかがうために穴から顔を出します。ぜひ、井の頭自然文化園でホンドテンとの時間をお楽しみください(作業やえさの時間は動物の体調などによって変わることがあります)。

〔井の頭自然文化園飼育展示係 唐沢瑞樹〕

(2016年05月06日)


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