2011年9月30日正午過ぎ、私は出張先の宮崎でお弁当をかきこんでいました。せっかく遠くまで来たのだから九州ならではのキムラグモ類を探したいと思っていたのです。ただ漠然としたあこがれがあっただけで、文献などでの下調べについては不勉強だったのですが……。
キムラグモ類は、生きている化石とも呼ばれている地中性のクモです。現生のほかのクモには見られない、腹部に環節の名残(背板)が板のように並んでいるなどの原始的な特徴をもち、古生代石炭紀の地層から産するクモの化石と姿が似ているからです。キムラグモ類が属するハラフシグモ科キムラグモ亜科のクモ類は、世界でも日本、中国およびベトナムだけに分布し、国内では九州中部から沖縄にかけて2属16種が知られています。
宮崎にはキムラグモ属の3種類が知られていますが、比較的よく見られるメスではそれぞれの種類を外部形態だけで見分けるのが難しく、内部生殖器を調べなければならないそうです。
さて、昼食を終えて時計を見ると、30分ぐらいは散策できそうです。JR宮崎駅から車で15分くらいのそれほど自然度の高くなさそうな場所でしたが、「雑木林内の斜面にある崖地」を探すことにしました。キムラグモ類は崖地に横穴を掘って作った住居に潜み、入口に扉をつけて獲物を待つ生活をしています。崖にカモフラージュしたこの扉を見つけるのはコツがいるのですが、幸い同様の習性をもつキシノウエトタテグモが多摩動物公園内にも住んでいるので、いつか来るであろうその日のために採集と飼育方法は練習していました。
舗装道路から入った土の道沿いに、表面がところどころ苔むしたちょうどよい崖地を見つけ、さっそく探索をしました。すぐに直径1センチ弱の扉が見つかり、巣穴に沿って掘り進むと糸の袋に包まれた小さなクモが出てきましたが、「キムラグモかな?」と何となく違和感があり半信半疑です。
次に近くにあったもう少し大きな扉を見つけて掘り進みましたが、すぐに巣穴を見失ってしまいました。周りを少し大きめに掘ってみたところ、土繭に包まれたようなクモが転がり落ちてきました。この2頭目の腹部にはキムラグモ類の特徴である背板がはっきりとみられたので大満足し、すみかをこれ以上荒らさないよう探索を終えることにしました。
後日、持ち帰った2頭のクモを顕微鏡で確認したところ、やはり1頭目の個体にはキムラグモ類の特徴である腹部の背板はみられず、腹部に縞模様のあるトタテグモ属の1種でした。巣の作り方にも両種の間に違いがあり、トタテグモ類は巣穴の内側全体を糸で裏打ちしますが、キムラグモ類は入口部分だけを糸で裏打ちするそうです。個体を掘り出したときに感じたようすの違いや違和感の原因が分かりました。
今はこれら地中性のクモたちの特徴を比較できるような飼育展示方法を模索しています(展示は未定です)。
今回採集した2頭のうち1頭だけがキムラグモ属の1種だったことは残念でしたが、同じような習性をもつキムラグモ類とトタテグモ類が同所的にすんでいたことを知り勉強になりました。これらのクモたちがどのように「棲み分け」しているのか新たな疑問がわきましたが、キムラグモの発見時のエピソードによると、鹿児島で採集されたトタテグモ類の標本の中にキムラグモが紛れていたとのことなので、混在することもあるのかもしれません。
写真上:巣穴の扉
写真下:キムラグモ属の1種。腹部の背板がよくわかる。
〔多摩動物公園昆虫園飼育展示係 田畑邦衛〕
(2011年10月14日)
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