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トキの人工育雛
 └─ 2025/09/05
 多摩動物公園では、環境省が進めるトキ保護増殖事業に協力するため、2007年から非公開施設でトキを飼育しています。遺伝的多様性の確保に配慮しつつ計画的にトキを繁殖させ、育った個体を毎年佐渡トキ保護センターに送っていて、2008年から2024年までに合計98羽を送り、そのうちの78羽が佐渡島の空に放されています。

 2025年も3ペアから6羽のひなが成育中です(2025年7月15日ニュース)が、今年は7年ぶりに卵から孵化してすぐから自分でえさを食べるようになるまで人が育てる「完全人工育雛」をおこなったので報告します。  

 現在、トキの飼育下繁殖での目標は、人がまったく関与しない自然孵化と自然育雛です。近年の野生での観察記録から、自然孵化と自然育雛で育ったひなは野生に放したあとの生存率や繁殖成功率が高いことがわかってきたからです(「どうぶつと動物園」2023年秋号)。

 しかし、実際に飼育していると親が卵を割ったり落としたり、ひなが巣から落ちたりえさを貰えなかったりとさまざまなトラブルが起こります。そのため飼育係は救助した卵やひなを孵卵器で孵化させたり、人の手で少し育てたひなを親に戻したりするなどの方法により、できるだけ親に育て上げてもらう努力をしてきました。その甲斐あって、ここ数年は完全な人工育雛はおこなっていませんでした。

 ところが今年は産卵が例年より1か月近くも早い2月28日に始まりました。そのため、孵化したひなが春先の寒さの影響で衰弱し親元でうまく育たず、人工育雛で育て上げることになりました。

 完全な人工育雛の場合、気をつけなくてはならないのが「刷り込み」です。ひなが同種の鳥ではなく育ての親の人間を仲間とみなしてしまうと、成育したあと群れでの生活や繁殖行動に支障をきたしてしまいます。また、多摩動物公園で繁殖したトキは佐渡へ送られたあと、野生に放鳥される予定です。野生で自力でえさを捕ったり、危険を察知して逃げたり、将来的にはペアになって子孫を残す必要もあります。こうしたことを人間が教えることは難しく、親や仲間に教わらなくてはなりません。

 そこで、今回の人工育雛では刷り込み予防の対策を徹底しておこなうことにしました。まず、人間の姿形に慣れてしまわないようにポンチョ、帽子、マスク、黒い手袋を着用しました。その姿でえさを与えるときにはなるべく声は出さず、手には親の顔を模したカバーを装着しました。また、ひなのすごす場所には鳥の頭の模型や写真、鏡を置き、なかまの姿を覚えられるようにしました。

給餌の合間も模型の顔を親代わりに(21日齢)
給餌。左手にはトキの顔のカバー(23日齢)


ポンチョを着ての給餌。鳥の頭部の模型、写真、鏡も置いている(27日齢)

 こうした姿で給餌をすることは細かい作業がしにくく、暑いため苦労もしましたが、孵化後50日を超え、おとなのトキと同居させるころには、飼育係の日常の作業着姿を見ると警戒するなど成果はあったようです。

 この個体が自力でえさを食べられるようになったあとの同居相手として、今年ペアを形成せず1羽で生活していた子育て経験豊富な高齢のオスを選びました。初めはオスに軽く追い払われるような場面も見られましたが、その日のうちには上手に飛べるようになり、翌日にはいっしょに池で水浴びをしたり餌場に来たりするなど、この個体を仲間とみなして落ち着いて行動するようすが観察されました。

 予定では今年の秋に佐渡トキ保護センターへ送り出し、飛翔のトレーニングなど野生に旅立つための準備が始まります。無事に旅立ってくれるのか心配は尽きません。


同居相手の大人のオス(左)と140日齢に育ったひな(右)

 来年からは本州(石川県)での放鳥も始まる計画です。そのなかには多摩生まれの個体もいるかもしれません。「トキが自分の住む地区にも飛んで来てほしい」「そのためにはどんな環境を用意すればいいのかな」──多摩動物公園生まれのトキをきっかけにそんなことを考えてみていただけると担当者としてもうれしく思います。

〔野生生物保全センター保全係 木崎〕

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