バッタに「もうひとつの顔」があることをご存知でしょうか。といっても、バッタが裏で秘密の仕事をしているわけではありません。その顔があらわになるのは、バッタが展示ケースのガラス面に張り付いたときです。ガラス越しに見えるおなかに、人の顔のような模様が刻みこまれています。たとえば、黄色と黒のストライプが美しいクールな印象のイリオモテモリバッタのおなかは、少し間の抜けた癒し系の笑顔をしています(写真中上を参照)。
この「もうひとつの顔」は正確には腹部ではなく胸部にあるのですが、ここでは便宜上おなかの顔とします。おなかの顔は宴会の腹芸などとはちがって、バッタの種類を見分けるポイントにもなります。モリバッタのなかまとアカアシホソバッタのなかまの区別で迷ったとき、笑った口のような形ならモリバッタ、おちょぼ口だとアカアシホソバッタとわかります(写真の青丸で囲った部分)。
これは、後胸腹板(こうきょうふくばん)と呼ばれる部位の左右の側片が、モリバッタ属では離れていて、アカアシホソバッタ属ではくっついているためです。おなかの顔の形は、体内の筋肉のつき方とも関係しています。昆虫の体は外骨格という「殻」のような構造で包まれ、内部に筋肉がありますが、おなかの顔の口にあるふたつのくぼみ(口の左上と右上のくぼみ)は、筋肉がついている部分なのです(胸部腹板陥入骨孔[きょうぶふくばんかんにゅうこつこう]と呼ばれます)。
ふだん注目することが少ないバッタのおなかですが、昆虫園でぜひごらんください。バッタがガラス面に張り付いていないと見られませんが、イリオモテモリバッタやオキナワモリバッタ、ハネナガイナゴは比較的見やすい種類です。今後、おなかの顔の写真も展示する予定ですので、ご注目ください!
写真上:イリオモテモリバッタ
写真中上:イリオモテモリバッタのおなかの顔
写真中下:アカアシホソバッタ
写真下:アカアシホソバッタのおなかの顔
〔多摩動物公園昆虫園飼育展示係 田中陽介〕
(2012年11月09日)
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