◎「ボス」はいない
多摩動物公園カンガルー園では、アカカンガルーのオス11頭とメス13頭を飼育しています。今回は、一番大きい「コーシロー」を中心としたオスの話です。
コーシローは現在6歳。最大かつ最強の個体です。お気に入りの休息場所は、放飼場上段の左側にあるケヤキの横。木陰で風通しがよく、暑い日でも一日快適に過ごせる場所です。観覧通路から遠く、柵はないものの来園者との距離も程よく、コーシローも安心できるようです。
日中4回放飼場で餌をやるときは、おもむろに立ち上がり、あわてず悠然と餌場に降りてきます。すると、来園者から「わぁ、大きい! あれがボスね」といった声が上がります。たしかに、最後に悠然と、それも筋骨隆々の大きなカンガルーが現れれば、「ボス」と勘違いするのもうなずけます。
カンガルーは群れを作りますが、多くの草食獣同様、ボス的な役割の個体はいません。たとえ一番大きい個体でも、中心的存在になることはなく、外敵から仲間を守ることいった行動もとりません。
たとえば、園内放し飼いのインドクジャクが放飼場に入ってきて、カンガルーの子どもを威嚇しても、わが身に関係なければ一切無関心です。また、オスどうしの小競り合い(カンガルー・ボクシング)への仲裁もしません。自分に危険が迫れば、それぞれが判断し、一目散に安全な場所へ逃げるのです。
しかし、オスの体重はメスの約3倍。なぜ、そんなに体が大きいのでしょう?
◎オスが大きい理由
カンガルーのオスが大きいのは、ひとえに子孫繁栄のためです。アカカンガルーは、ハムスターやモルモットのように、交尾後、膣内で精液が固まり、栓ができるため、最初に交尾をすればオスは確実に自分の子を残せます。
発情したメスと最初に交尾できるのは、一番強いオスです。日頃、繰り広げられるオスどうしのボクシングは、自身の子孫を残すための戦いなのです。
現在、コーシローは向かうところ敵なし。2011年に生まれた6頭は、すべて彼の子どもです。しかし、他のオスも虎視眈々とその座を狙っています。挑戦権を得るべく、二番手のマサキ、ケイゴ、シン、そして、三番手のチヒロ、カズユキ、ユウゾウなどが日々しのぎを削っています。また、2011年生まれのタツヤは、なんと母親のミナミを相手に鍛錬を重ねています。この努力が将来報われるかどうかは、今後のお楽しみです。
コーシロー以外のオスがメスに近寄れないわけではありません。コーシローにとって重要なのは最初に交尾することです。その後は無関心になり、誰が交尾しても「OK!」なのです。それに、最初に交尾できず、子孫を残せないとしても、後々の練習にはなります。メスにとってはいささか迷惑な話ですが、来たるべき未来のために、練習は大切ってことになるのではと思います。
オスのアカカンガルーは、死ぬまで成長し続けるといわれています。体が大きいということは、病気や怪我をしないで、長生きをしたことの証明でもあるわけですから、その遺伝子を残すことは理にかなっているといえます。
これからも、彼らがどのように成長し、関係をもっていくか、大いなる好奇心と愛情をもって見守っていきたいと思います。
〔多摩動物公園南園飼育展示係 浅見準一〕
写真上: 筋骨隆々のオス「コーシロー」
写真中上:侵入したクジャクにも無関心
写真中下:三つ巴で戦うオスたち
写真下: 交尾
(2011年09月23日)
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