みなさんは紅海(Red Sea) という地名をごぞんじですか? 紅海は、アフリカ大陸とアラビア半島にはさまれた南北に細長い海です。周囲は砂漠と赤茶色の岩山に囲まれ、荒涼とした風景が連なっているばかりで、生命を感じさせるにはほどとおいイメージです。
ところがじつは、紅海は生命に満ちあふれた、自然ゆたかな海なのです。砂漠に囲まれた海に潜ると、そこは色鮮やかな魚やサンゴで満ちています。飛行機の窓から見る紅海は、「紅」(あか)と「碧」(あお)のコントラストがまぶしいほどです。このギャップ! ボートの縁から見おろすと、はるかな下方の水底がはっきりと見えます。「あそこまで行くと水深70メーロルだよ」と、現地のガイドダイバーが得意気に教えてくれます。これほどの透明度は、世界にもざらにはありません。紅海の美しさはとても言葉では言い尽くせません。
葛西臨海水族園には、「世界の海」エリアに「紅海」の水槽があります。ここでは、紅海にすむ代表的な魚類を中心に展示しています。とくに注目していただきたいたいのが、「ソハールサージャンフィッシュ」という魚です。ニザダイのなかまで、しゃもじを横にしたようなずんぐりした体型ですが、白地に青のストライプが鮮やかで、なんとも愛らしいすがたをしています。
尾びれのつけ根にある鋭いとげを手術用メスに見立てて「外科医」(surgeon、サージャン)と呼ばれるニザダイのなかまですが、では「ソハール」はどういう意味なのでしょう? 英語の辞書を見ても記述がありません。
ソハールというのは、どうやらアラビア語のようで、サハル(突き刺す)という言葉に由来するといわれています。紅海にすむ多くのニザダイのなかまの中で、「ソハール」だけがアラビア語そのままなのは、本種が紅海を代表するニザダイであることのあかしといえるでしょう。
私が「ソハール」という名前にこだわるのには理由があります。みなさんは、「千夜一夜物語」(アラビアンナイト)というお話をごぞんじでしょう。私が「ソハール」という名前を聞いて思い出したのは、千夜一夜物語の「船乗りシンドバッド」です。シンドバッドが最初に航海に出た港の名前が「ソハール」だといわれています。ソハール港は「Sohar」 と標記されるので、ソハールサージャンフィッシュ(Sohal) との関係はなさそうですが、「尾びれにとげをもつ魚」と「腰に短剣をもつ船乗り」のすがたは、なんとなく重なってきませんか?
かつて、フランスの海洋学者 J.-Y.クストーも、世界でもっとも美しい海と賞賛した紅海。「この美しい海を守りたい!」──みなさんにも実際に紅海にを目にすれば、同じ気持ちになると思います。
しかし、紅海周辺の都市で爆弾テロが発生したニュースも記憶に新しく、渡航はおすすめできません。水槽の中でしか紅海を紹介できないのが残念です。アッサラーム・アレイクム。アラビア語のあいさつです。直訳すると「あなたがたの上に平安あれ!」。みなさんが安全に紅海を旅行できる世の中が早くやってくることを、そして、すべての生命に平安が訪れることを願ってやみません。
〔葛西臨海水族園飼育展示係 飛田英一朗〕
(2007年5月11日)
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