水槽の中ではさまざまな魚の行動を観察できますが、中でも興味をひくのは繁殖をめぐるオスとメスの行動でしょう。そこでは、オスもメスも、とにかく「自分の子をできるだけたくさん残す」ために利己的にふるまい、多様な駆け引きを見せてくれるからです。
今回は「クロホシイシモチ」(以下クロホシ)の“乱れた”オスメス関係をのぞいてみましょう。東京湾口の磯を再現した「なぎさ」の大型水槽、その中央部に、手の平よりも小さな肌色の魚が 100尾ほど群がっています。これがクロホシです。気をつけて見てみると、群れから少し離れたところに、2尾で寄り添うように泳いでいるペアがいくつも見られます。クロホシのカップルです(写真上)。
クロホシの雌雄は、体の大きさや色がほとんど同じですが、カップルの場合、見分けるポイントがあります。まずアゴに注目! アゴの下がぽっこりとふくらんでいればオスです。クロホシは、オスが卵の塊を口の中で孵化するまで守るのです(写真下)。
ただし、卵を守っていないオスの場合は見分けがつきません。でも、行動で簡単に見分けられます。一尾が、もう一尾のまわりをクルっとまわったり、少し体を曲げてお腹を見せるような行動を繰り返していませんか? この積極的な方がメス。クロホシは、メスがオスを誘います。「このお腹には卵がたくさん入っているよ! あなたが卵を守ってね!」といった感じでしょうか。メスのお腹の部分は、白さが強調され、目立っているのもポイントです。
こうして雌雄の見分けがつくと、おもしろいことが見えてきます。寄り添って泳ぐカップルには、ときどき他のメスがやってきます。すると、カップルのメスは、すぐさまそのメスを追い払います。そして、オスの近くに戻るときは、お腹を誇示する「腹みせ」行動をしながら寄っていきます。「浮気しなさんな!」といった感じでしょうか。しかし、何度も他のメスがアタックをかけ、ついに相手が変わってしまう例もあります。群れの近くにいるカップルほど、しょちゅう他の個体の干渉を受けるようです。
群れの中はもっと複雑です。群れの中にも、アゴがふくらんだオスや、お腹が大きいメスがたくさんいます。一尾のオスを、あるメスが追いかけはじめると、数尾のメスが一緒になって追いかけ始めます。カップルのように寄り添って泳いでいたかと思えば、ぱっと離れて他のオスを追いかけるメスもいます。短時間に、じつに多様なオスメス関係を見ることができるのです。
自然の海での観察では、クロホシは繁殖期になると群れを離れ、産卵の2か月も前からペアを形成し、なわばりを作ることがわかっています。一シーズンに数回産卵しますが、そのあいだに相手を変えるかどうかは、生息密度やなわばりを作るのに最適な場所があるかどうかによるようです。生息密度が高いところでは頻繁に相手を変えた例もあります。オスもメスも、簡単に相手を見つけられる状況であれば、すぐにペアを解消し、もっとたくさんの卵を産んでくれる大きなメス、すぐに卵をくわえてくれそうなオスなど、より条件の良い相手と組みたいからです。
水槽の中のクロホシの密度が高いせいか、その男女関係はかなり変化が激しく、見ていてあきません。皆さんもまずはカップル探しから始めてみませんか?
〔東京動物園協会調査係 天野未知〕
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