みなさんは椿の花に何を思い、どんなことを感じていらっしゃるでしょうか。 雪中に浮かびあがる鮮やかな韓紅花(からくれない)色、ぽてっとした厚みの艶めいた葉。日本人として馴染みのある、ほっとするような暖かさ、優しさを感じる人がいる一方で、「散る」という表現が似つかわしくない最期の姿に、えもいわれぬ縁起の悪さを見て、どこか暗然とした心持になる人がいるのもまた事実のようです。
丸ごと落ちる花を首の落ちる姿と重ねて、病気見舞いの花としては忌み嫌ったり、落馬につながるからと馬の名前にツバキの文字は入れないといいます。もとをただせば、幕末から明治にかけてのある時期に喧伝された、他愛のない流言です。いつの頃からか人々の心の片隅に巣食うようになったこの椿にまつわる箴言も、当の武士の目には、その散りざまが潔いものとして映り、むしろ好まれていたというのが本当のところのようです。
「赤い椿 白い椿と 落ちにけり」
これは明治時代の俳人高浜虚子と並んで正岡子規門下の双璧といわれた河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の句です。赤い椿の花が落ち、はっとする間もなく白い椿の花が落ちたという、その瞬間、空中にあざやかに描かれた赤と白の二本の軌跡を心の眼で切り取った抽象的なイメージの世界です。
「静かさや 椿の花の 又落つる」正岡子規
「花びらの 肉やはらかに 落椿(おちつばき)」飯田蛇笏(だこつ)
椿は、華やかに咲き誇るようすよりも、落ちゆき散り敷かれた姿を詠まれることの多い花でもあります。
「落椿 踏まじと踏みて 美しき」西本一都(いっと)
椿という花は、その侘びの風情が日本人の美意識をくすぐるようです。
最盛期を少し過ぎた当園の椿も、樹上の生を全うしたあと、今ふたたび地上を彩らんとしています。枝にあって生を謳歌している花を愛でるのはもちろんですが、ぜひ一度地上の美にも目を向けてみてください。いつもとはひと味もふた味も違う特別なひとときを過ごしていただけると思います。
〔井の頭自然文化園施設係 浜中和晴〕
(2011年04月29日)
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