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エリマキシギの求愛行動
 └─上野  2011/05/21

 上野動物園東園のツル舎、ホオカザリヅルのペアがいるケージの左隣に、ソリハシセイタカシギに交じって1羽のエリマキシギのオスがいます。以前はペアで飼育していたのですが、残念ながら2010年2月にメスが死亡し、オス1羽だけになっています。

 エリマキシギは、年に2回春と秋に羽毛が抜け変わります。これを換羽(かんう)といいます。そして春の換羽後の姿を「夏羽」、秋の換羽後の姿を「冬羽」と表現します。 オスは「夏羽」になると、その名のとおり「えりまき」のように見える長い羽毛が首のまわりに生えてきます。羽毛の色は地域や個体によって違うのですが、ツル舎で飼育している個体は、体の部分がこげ茶色と白のまだら模様、頭は黒で、「えりまき」は赤茶色です。

 「夏羽」になったエリマキシギのオスは、白黒ツートンカラーをしているソリハシセイタカシギの群れの中では大変よく目立つので、すぐに区別がつくと思います。そしてしばらく見ていると、奇妙なことに気づくはずです。彼は、「えりまき」を拡げ、ソリハシセイタカシギの間を小走りに走りまわりながら、ときおり立ち止まっては、ソリハシセイタカシギに向かってお辞儀をするようなかたちで「えりまき」を誇示する行動を繰り返すのです。

 じつは、これはエリマキシギの求愛行動なのです。エリマキシギは、春の繁殖期になると決まった場所にオスもメスも集まり、そこでオスたちは互いに競い合うように「えりまき」を拡げ、求愛行動をとります。この集合場所と、そこに集まった鳥たちの群れを「レック」といいます。ツル舎のエリマキシギは、同居しているソリハシセイタカシギの群れを「レック」と勘違いして、盛んに求愛行動を繰り返しているわけです。

 しかし、そんなことは全く分からないソリハシセイタカシギは、黙って座ってそっぽを向いているか、あまりしつこいと立ち上がって逃げ出してしまいます。それでもエリマキシギのほうは延々と同じことを繰り返すのです。

 このように、動物の行動が誤った対象に向けられてしまう現象を「行動の誤解発」といいますが、これはある行動をとりたいという欲求が高まっているのに、その欲求を満たす正しい対象が存在しない状況では比較的起こりやすい現象です。

 動物行動学者のコンラート・ローレンツは、その著書『ソロモンの指環』の中で、飼育箱の中で1羽だけで飼われていたオスのハトが、何もない飼育箱の片隅に向かって、盛んに求愛行動を示したという事例を紹介し、床板と壁板の継ぎ目の「線」が三方から一点に集中する飼育箱の片隅が、視覚的な目標となるからであろうと述べています。

 それにしても、実らぬ恋のために奔走するエリマキシギを眺めていると、それがやむにやまれぬ本能的行動であって、本人(?)は少しも悲しいとは思っていないということが分かっていても、少々かわいそうになってきます。何とかメスを手に入れることができないかと思案しているところです。

〔上野動物園東園飼育展示係 堀秀正〕

(2011年05月21日)



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