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ニホンイヌワシ「小町」が逝く
 └─ 2023/04/25
 2023年3月13日に、多摩動物公園のニホンイヌワシ「小町」(メス)が死亡しました。年齢はちょうど30歳になったところでした。小町は動物園での生息域外保全に大きな役割を果たしてくれました。もし小町がいなければ、現在のようなニホンイヌワシの飼育個体群が形成されていなかったかもしれません。


若き日の子育て中の小町

 小町は1993年に、秋田県田沢湖町(現・仙北市)で幼鳥のときに衰弱しているところを保護されました。自然復帰ができず、種の保存に役立てるため秋田市大森山動物園で飼育後、1996年に繁殖をめざして多摩動物公園にやってきました。

 ニホンイヌワシは、野生の生息数が500~650羽と推定される絶滅危惧種です。1990年代から繁殖成功率の急激な低下が指摘され、1996年に国の保護増殖事業が策定されました。当時、国内における飼育下のニホンイヌワシは、6施設で14羽にすぎず、繁殖の成功は3例のみでした。動物園には安定的に繁殖できるペアがおらず、飼育下の繁殖は厳しい状況にありました。多摩動物公園では繁殖技術の確立と飼育個体群の形成を目的に、1996年に保護増殖事業の認定を受け、当園の1羽に加え、新潟県愛鳥センターから2羽、秋田市大森山動物園から1羽を導入し、ニホンイヌワシの繁殖に取り組むことになりました。そのときに来園した1羽が小町なのです。

 小町は当園で飼育していた「青梅」(オス)とペアになり、新潟県愛鳥センターから来園したペアとともに1998年に初めて繁殖に成功しました。ニホンイヌワシは通常2個の卵を産みますが、野生ではひな同士の闘争により1羽しか育たない場合が多いです。しかし、小町と青梅ペアはこの年に2羽のひなを育てあげ、その後も安定的にひなを2羽とも育てています。

 この2つのペアの継続的な繁殖によって、飼育下の個体数が増え、その子孫が各地の動物園でさらに繁殖し、累代繁殖に成功しています。現在は、動物園各地で繁殖実績が積みあげられ、飼育個体群の遺伝的多様性を考慮した繁殖の調整がおこなわれています。

 イヌワシをはじめ、猛禽類は警戒心が強く繁殖期にはその傾向が顕著になります。小町はひときわ警戒心が強く、抱卵中は常に周囲を警戒し、飼育係がケージに入ると抱卵姿勢のまま頭を伏せてじっとしていたのを思い出します。当時は巣内の監視カメラもなく、観察すること自体がペアを警戒させてしまうため、作業着を着替えて、来園するお客さんのふりをして遠くから望遠鏡で観察していました。

 あれから27年が過ぎ、多摩動物公園で初めて繁殖に成功した4羽のうち3羽は亡くなり、小町が最後の生き残りとなっていました。小町はこれまでに19羽の子孫を残しています。繁殖に十分貢献してくれましたので、あとはゆっくりと余生をすごしてくれたらと思っていた矢先のことで大変残念です。

 イヌワシの個体群形成の礎となってくれた小町。30歳になってもその姿は風格と威厳があり、もっともイヌワシらしいイヌワシであったと思います。小町、さようなら。そして、ありがとう。その勇姿を忘れることはないでしょう。

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ニホンイヌワシが7年ぶりに繁殖成功! ひながすくすく成長中(2015年04月13日)

〔多摩動物公園南園飼育展示第2係 小島〕

(2023年04月25日)



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