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飼育係直伝、アムールトラ観察ポイントその3──実践編
 └─ 2022/08/12
 アムールトラの観察ポイントについては、2020年10月から2部にわたり、来園したときに観察で使うことができるポイントをご紹介しました。

飼育係直伝、アムールトラ観察ポイントその1──基本編
飼育係直伝、アムールトラ観察ポイントその2──応用編

 今回の「実践編」では、少し視点を変えて、ふだんは見ることができない裏側のお話をします。何をお話しするかと言うと、アムールトラの繁殖に向けた雌雄の同居についてです。

 トラは神経質な動物で、開園中に展示場で同居をおこなうことが難しいため、観察できる機会はなかなかありません。今回は、トラの同居をおこなうために飼育係がどのような視点で観察しているのか、実践的な角度からポイントをご紹介します。基本編、応用編で学んだ観察ポイントを活かして、動画を見ながらいっしょに観察してみてください。

その1:発情を見分けるには、「頻度」に注目する

 トラのメスは、1年を通して約30日から60日の間隔で発情し、1回の発情は約10日間継続します。アムールトラの場合、秋から春が発情の強い時期になりますが、個体差もあるので、いつ始まり、いつ終わるかは、なかなか予想がしづらいものです。

 どのようにして発情を見分けているかと言うと、においつけのためにするおしっこである「スプレー」や、「発声」の増加です。発声は、最初はかすかに鳴く程度ですが、発情がピークに近づくにつれ大きな声で鳴くようになり、いちばんわかりやすい指標です。また、メスは地面に体をこすりつける「ローリング」という行動をしたり、オスのスプレーの跡をなめたりもします。

 これらの行動は、特に展示場に放飼してから活発になる行動なので、放飼してから15分ほどは必ず観察をおこないます。また、雌雄の部屋を交換して、互いのにおいを感じさせることで感情を刺激するように工夫しています。


【動画】動画① メスがローリングしているようす

その2:同居の前にお見合いさせる

 メスは徐々にオスへの関心が増します。そこで「お見合い」をおこないます。

 動画のように、互いがよく見える檻越しにお見合いをさせて、反応を確認します。発情しているときとそうでないときの動画のようすを比べると、反応の違いが一目瞭然です。もっとも注目するポイントは個体の表情です。特にメスは、早く同居させてくれと言わんばかりにとろけてしまいそうなやわらかい表情がベストです。また、「背ぞり行動」という交尾姿勢をとることもあります。

 威嚇したり、じゃれあったりする場合は、同居にはまだ早いので、互いが見えない場所に離し、じらすことで互いの関心を高まらせます。


【動画】動画② お見合いにて:発情しているとき/背ぞり行動


【動画】動画③ お見合いにて:発情していないとき

その3:同居する

 発情が始まり、お見合いを経て5日程経過し、反応が高まったころに、いよいよ同居をおこないます。しかし、メスが発情をしていてもオスがまったく反応を示さないときは、闘争に発展してしまうため、ようすに不安要素がある場合は同居をおこないません。

 動画④は、安定した同居ができたときの動画です。頭を擦り合わせ、メスが誘い出て、オスがそこへ覆い被さるかたちで交尾が始まります。同居時間はペアの状態にもよりますが10分から30分ほどで、1日に3回から4回ほどです。野生では広大な生息地があるので、疲れたら距離をとれますし、闘争しても茂みなどの構造物があるため逃げることができます。しかし、飼育下の限られた空間では限度があるので、行動や表情から適切な同居の時間を見極めねばなりません。

 いずれにせよ、同居は経験や技術が必要な、とても緊張する瞬間です。まずは、飼育係が落ちついた行動がとれるように心がけています。


【動画】動画④ 同居のようす

 現在飼育している個体間では、繁殖への道のりはまだまだ遠いようです。繁殖の期待を寄せたご意見もいただきますが、同居は個体の体調や気分にも大きく左右されますので、長い目で見守っていただけると幸いです。

 そして、アムールトラ観察ポイント3部を通して学んだ観察ポイントを利用して、来園した際は観察にチャレンジしてみてください。もしかしたら、飼育係並みに発情の状態を感じとることができるかもしれません。

〔多摩動物公園南園飼育展示第1係 川上〕

(2022年08月12日)



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