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アカカンガルー「チャオ」の受難と成長
 └─2016/04/22

 昨年(2015年)の6月、アカカンガルーの「マサミ」が、どこかで転んで大暴れしたのか、傷だらけでぐったりしていました。すぐに病院に運んで治療しましたが、残念ながら数日後に死亡しました。そのときマサミの袋の中には、まだ毛の生えそろっていないメスの子がいました。それが「チャオ」でした。

 この時期の子はお母さんの袋の中で多くの時間を過ごしますが、マサミが死亡する前日、チャオはぐったり横になったマサミの側に立ちつくし、長い間袋の中に頭を突っ込んでいました。袋の中のおっぱいからミルクが出ていないのでしょう。チャオには人の手でミルクを与えることにしました。

ミルクを飲むのに慣れてきたチャオ
病院の中で運動中

 チャオは人間に慣れていなかったので、お腹がすいているはずなのに、ミルクを飲ませるのも一苦労でした。頭を押さえて無理やり人工の乳首を口の中に入れると、いやがってブルブル震え出すほどでしたが、一週間ほどで慣れて、自分からミルクを飲んでくれるようになりました。その後の数か月間、職員が交代で世話をし、チャオはすくすく大きくなりました。固形の餌も良く食べるようになり、毛も生えそろい、カンガルー舎に引っ越すことができました。

 引っ越してまもなく、最初の試練が待ち受けていました。布地でできた袋を壁に吊るして寝床にしていたのですが、袋を吊るしていたフックに足を引っかけ、足の裏に穴が開いてしまいました。定期的な注射や絆創膏の張り替えが始まりました。

歯肉炎で入院中
最近のチャオ。右耳の赤いタグが目印です

 足は無事に治りましたが、今度は餌を食べづらそうにしています。なんと、歯肉炎にかかっていたのです。歯肉炎が治らず、死んでしまうカンガルーも中にはいます。すぐ入院させ、口の中の消毒や注射を始めました。それもしだいによくなり、餌もふつうに食べられるようになったので退院できました。

 それからしばらく平和な日々が続きましたが、ある日の昼、部屋の中で手の爪が取れ、指先からボタボタ出血していると連絡を受けて駆けつけました。本人はまったく気にしておらず、血がドクドク出ているのにのんきにミルクを欲しがっています。ミルクを飲ませながら急いで止血しました。絆創膏を貼って、抗生物質を注射する日々が再び始まりましたが、それが治ってから今までのところ新しいケガはありません。

 私たちにとってありがたかったのは、哺乳瓶を見せるとチャオが自分から駆け寄ってきてくれたことです。広いカンガルーの放飼場で大捕物をする必要もなく、大好きなミルクを飲んでさえいれば、痛いはずの消毒にも、注射にも、何のストレスも感じていないようでした。そんなチャオもだんだんおとなへの階段を上っていて、人間に対してだいぶ“淡白”になりました。少し寂しい気もしますが、カンガルーとしての正しい道を歩んでくれているのは嬉しいことです。

 カンガルーの放飼場には現在、袋から出入りを始めた子がたくさんいます。突然猛スピードで走り出したり、急に方向転換したり、彼らは予測不能な動きをします。かわいらしい光景ですが、私たちは肝を冷やします。どうか、彼らがチャオのような目に遭わず、無事に大きくなりますように。昼間はお腹を出してダラダラしているように見えるカンガルーたちですが、一頭一頭に歴史があり、飼育係と獣医師で必死に健康を守っています。そんなドラマをぜひ見に来て感じてください。

〔前・多摩動物公園動物病院係/現・葛西臨海水族園飼育展示係 吉澤円〕

(2016年04月22日)


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