ニュース
飼育係のおはなし特別企画「餌から考える動物福祉 ~トラに皮付きシカ肉を与えてみる~」を開催しました
 └─ 2025/03/21
 上野動物園では、2024年の12月と1月にそれぞれ1回ずつ、飼育係のおはなし特別企画「餌から考える動物福祉 ~トラに皮付きシカ肉を与えてみる~」を開催しました。このイベントでは、トラの飼育担当がお話をしたあとに、トラが皮付きの鹿肉を食べているようすを観察していただきました。


イベントのようす

 トラが鹿肉を食べるようすは見た目のインパクトがありますが、今回のイベントは、「派手に餌を食べるトラを見ていただく」ためのものではありません。私たちが目指したのは、「動物福祉」(アニマルウェルフェア)という言葉と、動物園でトラを心身ともに健康に飼育するための取組みについて知っていただくことです。ここでも改めて、イベントでお話しした内容をご説明します。

 イベントのタイトルに入っている動物福祉とは、「個々の動物の身体的および精神的状態」(※1)を指し、「アニマルウェルフェア」とも言われます。動物を飼育する際には、科学的な評価にもとづいて、このアニマルウェルフェアに配慮をする必要があります。

 アニマルウェルフェアが良好な状態、つまり動物が心身ともに健康でいるためには、単純に病気やけがをしていないということだけでなく、「飼育環境が快適であること」や「その動物が本来野生で取る行動を引き出せるかどうか」も影響すると考えられています。今回のイベントでは、上野動物園のスマトラトラに対しておこなっている「その動物が野生で取る行動を引き出す」という取組みに焦点をあててご紹介しました。

 動物園のトラは、飼育係から与えられる餌を食べています。餌は通常、写真にある馬肉のように、骨や皮や余分な脂肪を取り除いた「正肉」と呼ばれる、人間用の食用肉を使用しており、野生のトラが狩っている獲物とは大きく異なります。こうした食べやすい餌のみを与えた場合、飼育下のトラは短時間で餌を完食してしまいます。すると退屈な時間が長く、刺激のない単調な日々をすごすことになってしまいますが、これがストレスの原因となる可能性があるといわれています。

 その点、毛皮付き鹿肉は野生のトラが狩った獲物の状態にかなり近く、野生のトラでも見られるような「毛皮を剥ぐ」「骨から肉を引きちぎる」などの行動を引き出すことができます。また、餌を食べるためにかける時間が長くなることで、ただ退屈しているだけの時間を減らす効果も期待できます。

 記事の最後の動画で馬肉を食べるようすと皮付き鹿肉を食べるようすを比較して紹介していますので、ぜひご覧ください。

 ところで、なぜさまざまな種類の肉の中から「鹿肉」を与えているのでしょうか。じつは、現在日本国内では野生のシカが過剰に増えており、森林をはじめとした植生におよぼす影響や、それに関連したほかの生物への影響が深刻化しています。

 たとえば、シカによって樹皮を剥がされた木が枯れてしまったり、シカの餌となる植物が食べつくされてしまったりすることでその生態系のバランスが崩れてしまうことなどです。日本ではこの問題への対応策の一環として、野生のシカの数の調整を目的とした捕獲が進められています。その捕獲されたシカを有効活用するために、適切に洗浄・殺菌処理されたものを今回トラに与えています。したがって、与えている餌が園内で飼育していたシカや、餌にするためだけに捕獲したシカではないことをご承知おきいただければと思います。

 ちなみに、「シカの急増と、それによる生態系バランスの偏り」の問題の原因のうち、いくつかには人間も密接に関係しています。たとえば、地球温暖化による積雪範囲の縮小にともなうシカの生息域の拡大や、耕作放棄地の低木や雑草がシカの餌となっていることなどです。このような、日本の生態系が抱えている問題にも関心を向けていただきたく、イベントの際にもトラに鹿肉を与える背景についてお話ししました。

 上野動物園では、スマトラトラに限らず、アニマルウェルフェアに配慮しながら動物たちを飼育しています。それぞれの動物について、餌を食べるための手間を増やすなどして退屈な時間を減らそうとする試みや、多様な刺激・環境の変化をつくることによって野生で見られる行動を引き出すためのくふうをしています。上野動物園にいらした際には、動物自体の観察だけでなく、飼育のくふうにも注目してみると、新たな発見があるかもしれません。

飼育係のおはなし特別企画「餌から考える動物福祉 ~トラに皮付きシカ肉を与えてみる~」


^ ※1 国際機関「国際獣疫事務局」(WOAH)の定義を参考に、より端的に表現
  定義:「動物が生活及び死亡する環境と関連する動物の身体的及び心理的状態」

(2025年03月21日)


ページトップへ