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成虫になれなかったルリタテハ──巧みな寄生性天敵
 └─ 2025/08/15
 多摩動物公園の昆虫生態園大温室(昆虫ユートピア)では、おもに亜熱帯域に生息する南方系のチョウの成虫を一年中展示しています。春から秋の期間は、温帯域に生息する身近な種を一定期間展示する季節展示もおこなっています。園内に自生する食草に産卵に来た成虫を捕まえて採卵したり、幼虫を採集したりして、卵や幼虫の発育段階から育てた成虫を大温室内に放しています。

 チョウの出現時期は種類によって大体決まっています。今年は4月のアカタテハに始まり、次いでルリタテハ、ジャコウアゲハの幼虫を採集して飼育しました。ルリタテハの成虫は翅を開くと瑠璃色の帯が特徴的な中型の美しいチョウです。幼虫のえさ(食草)となるサルトリイバラは園内各所に生えています。


ルリタテハの成虫

 5月には生態園の近くの食草に、体長2cmほどのルリタテハの幼虫がいたので、さっそく飼育室に持ちかえり育てました。じつはここ数年、毎年ルリタテハの幼虫を採集し飼育していますが、コマユバチの一種に寄生されていてことごとく蛹化に失敗しています。


ルリタテハの幼虫(上)から出たコマユバチの一種の幼虫(下)が繭を作っているところ

 今回もルリタテハが終齢幼虫まで育ったある日、白いワタのような塊がその傍らに出現しました。コマユバチの繭です。コマユバチは産卵管を宿主(ルリタテハ幼虫)の体に刺して卵を産み付けます。孵化したコマユバチの幼虫は宿主の体内で栄養を奪いながら成長し、宿主が終齢時期になるころ、その体外に出てきて繭を作るのです。


ヤドリバエの一種に寄生された蛹

 その後、園内の別のエリアでルリタテハの終齢幼虫を3匹見つけたので、再び育てることにしました。「きっとこれらの幼虫も寄生されているだろう」と半分諦めながら飼育を続けていたら、なんと全頭無事に蛹化しました。あとにして思えば蛹はやや色が濃く、体型も細めと違和感がありましたが……。

 ある朝、飼育ケースの天井についていたルリタテハの垂蛹(蛹の端でぶら下がる蛹)が、ぐるぐると体をくねらせながら激しく回転していました。「生きている!! 元気に動いている!! 今回は成功かもしれない」と思ったもののぬか喜びでした。数日後、蛹の中身は食い尽くされ、白い膜のようなものが垂れ下がり、ケースの底にはもぞもぞと白っぽいものが動いていました。ヤドリバエの一種の幼虫(蛆)です。

 ヤドリバエのなかまは種によって、チョウの食草に卵を産み、それを食べたチョウの幼虫の体内に侵入して寄生したり、チョウの幼虫の体表に直接卵を産み付けたりします。今思えば、ルリタテハの蛹の激しい動きは、ヤドリバエの幼虫に寄生され苦しみもがいていたのかもしれません。ルリタテハから出てきたヤドリバエの幼虫は半日ほどで蛹になり、その10日後に成虫が羽化しました。見た目はごくふつうのどこにでもいる感じのハエの姿でした。


ヤドリバエの一種の蛹と成虫

 宿主となるチョウの幼虫やその飼育担当者にとっておぞましい寄生性天敵ですが、生態系のバランスを保つ重要な役割を担っています。野外でくらすチョウのうち、成虫になれる個体はごくわずかです。今回、ルリタテハの羽化は失敗に終わりましたが、今後も園内で見られるチョウの展示に取り組んでいきます。この展示がチョウの生息環境に目を向けるきっかけになれば幸いです。

〔多摩動物公園昆虫園飼育展示係 若井〕

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