多摩動物公園のトキ類のエリアでは、現在、トキ科の鳥9種を含め、全部で12種類の鳥を飼育しています。
今回紹介するムギワラトキは、国内で飼育している動物園など飼育施設が少なく、多摩動物公園でも2014年ごろから自然繁殖してもうまく育たずに死亡してしまうことが続き、徐々に飼育個体数が減っていました。このため2024年度は、飼育担当者が人工育雛によって確実に育てあげることをめざしました。とはいえ多摩におけるムギワラトキの人工育雛は過去2003年度に 1例の記録のみで経験に乏しかったため、うまく育てることができるか見当がつきませんでした。
人工孵化させるには受精卵の回収が必要です。しかし、今年は同居しているショウジョウトキの繁殖が順調で条件のよい営巣地が奪われ、ムギワラトキが通常産卵する6月ごろまでに産卵を確認できませんでした。今シーズンの産卵はないと考えられましたが、8月に1羽が卵を抱いているのを発見しました。いつ産卵したかは不明ですが、ようやく産卵した卵なので確実に育て上げるためすぐに回収したいところです。
しかし、ムギワラトキが産卵した巣の近くではショウジョウトキのひながまだ巣立っておらず、人が近づくと驚いて飛び降りてしまうことでけがをする可能性が考えられため、少しようすを見ることにしました。数日後にタイミングを見計らって卵を回収に行きましたが、その卵は孵化直前の状態でひなが殻を割り始めているところでした。しかも、ほかの鳥に踏まれたのか卵の殻が少し割れて内部も乾いており、自力での孵化は難しい状況です。
そこで水を全体に霧を吹いて卵とひなを湿らせ、さらに卵殻を少しピンセットで剥いて孵化を手助けしました。その結果、翌日には無事に孵化しましたが、ひなは、むくんでいるのか目が飛び出しているように見え、弱った状況でした。野生では弱いひなは死んでしまうので、このひなも元気に成長できないことも考えられました。
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0日齢 まだ羽があまり生えていないため保育器の中で育てます | 1日齢 まだ目は開いていません |
多摩動物公園でのトキ類の人工育雛では、最初にえさではなく生理食塩水を与えることが一般的です。これで飲み込む力を確認し、水分を補給して、えさを消化しやすくするのです。このひなは孵化直後の状況があまりよくないため、慎重にシリンジで生理食塩水を与えたところ、ゆっくりではありましたが液体を飲み込み、一安心しました。
そこからは日中は約3時間おきに計4回にわたって生理食塩水で薄めた液体状のえさを与え、ひなの状態に合わせてえさの割合をだんだん増やして原液にすることで少しずつ慣らしていました。また、孵化9日目からは、液状のえさのほかに、ゆでたドジョウなどの固形物の給餌も開始しました。まずは小さく切ったものから少しずつ大きくし、最終的には切らなくても飲み込めるようになりました。

13日齢
まだ自力でえさを食べられないため液体状のえさをシリンジで与えます

22日齢
自力でえさをついばんで食べられるようになってきます
並行して液体状のえさもシリンジで与えていました
そして37日目には液体状のえさは終了し、えさは固形物のみとなり、まったく人が介助せずにえさを食べられるようになりました。
飼育個体数が減っている中で親に代わってひなを育て上げることは担当者としてプレッシャーがありましたが、無事に巣立たせることができてよかったと思います。
自然育雛がうまくいかない原因として、冒頭に書いたように、ショウジョウトキとムギワラトキの羽数バランスがくずれていることが考えられます。園で飼育するムギワラトキの羽数を回復させ、性比の偏りがなく、繁殖適齢期の個体を増やし、群れを安定させることで自然育雛を再開させたいと思います。また、来年度以降もまた元気なひなが育つように、さらに飼育環境整備などに取り組んでいきます。

46日齢
幼鳥のため胸の飾り羽がまだふわふわしています
〔野生生物保全センター保全係 仲〕
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